創業者であり数学教師であった公文公(くもんとおる)が考案したプリント学習をもとに、日本の個別学習教室KUMONグループ(以下、KUMON)は、1970年代、米国を皮切りに世界的なブームとなりました。以来、公文式の学習法は世界中の子供たちの数学の能力を飛躍的に向上させてきました。現在、世界60各国の国や地域に24,000以上の教室があり、ドイツにも100を超える拠点があります。ヨーロッパ・アフリカ公文代表取締役社長の清水正宏氏、KUMON Deutschland GmbHの安部真由美氏、ドイツで最も実務経験の長い公文式指導者の一人であるフックス真理子氏に、公文式学習発展までの過程とこれからの展開についてお話を伺いました。

――公文式学習はどのようにして生まれましたか?
安部真由美:1954年、日本の数学教師であった公文公が小学校2年生だった息子の毅(たけし)のために作った学習プリントが全ての始まりです。学校の勉強に苦労し、良い点数が取れなかった毅は自分のテストを隠していました。それに気づいた母親が夫である公に相談すると、彼は息子をどう指導するべきか考え始めたのです。高校の数学教師をしていることから、高校では多くの学生が数学で苦労することを知っていた公は小学生向けのカリキュラムに重点を置くのではなく、高校の数学ができることを最終目標に設定しました。そしてこの大きな目標をもとに、一つ一つの構成を考え始めました。

――その学習過程は実際にどのようなものだったのでしょうか?
安部真由美:公文公は毎日息子のために学習プリントを作成し、夕食前に渡していました。そして夕食後、解き終わったプリントを添削しアドバイスなどのメモや備考を書き込み、毅はそのフィードバックを受け取る。それが毎日繰り返されるようになりました。その結果、彼が6年生になった頃には、すでに微分積分ができる高校性レベルの計算力に達していたのです。実際に、当時のプリントの原本は公文公記念館にて展示されています。
――その後、公文式学習法はどのように広まったのでしょうか?
安部真由美:公文公とその妻である禎子(ていこ)はその後、近所に住んでいた子供たちの勉強も手伝うようになりました。禎子は公が作成した原本をコピーし、何人かの子供たちに配ってみたところ、どの子供にも共通して効果があることが分かりました。そこで二人はこのアイデアをもっと大きなビジネスに発展させ、より多くの子供たちを助けることはできないかと考え始めました。1958年、公の友人の協力を得て事業として立ち上げました。当初は会社ではなく、大阪数学研究会でしたが、 1983年に株式会社公文教育研究会が誕生しました。
清水正宏:公文式学習のもう一つの原動力は日本人の「もったいない」という考え方です。学校では生徒の能力に応じて個別に対応することはできません。それではせっかくの可能性を無駄にしてしまう。そう考えた創立者の公文公は、そのような状況を解決できる、社会に貢献できる企業を作りたかったのです。

――公文式学習がグローバルに発展した経緯について教えてください。
清水正宏:日本で公文式を体験した保護者が駐在員として米国に渡り、自分の子供たちに公文式学習を続けさせたいと考えたのが始まりでした。その結果、1974年ニューヨークに海外初めての公文式教室が開設されました。それをきっかけに70年代には公文式の認知度に関しても大きな転機が訪れました。米国の有名な雑誌『TIME』が公文式学習と取り上げ、米国での公文式の需要が大きく伸びたのです。その頃、日本では公文公が出版した、公文式の秘密を綴った本『やってみよう-公文公自伝 子供の知的可能性を追求して』がベストセラーになったほか幼児向けのワークブックも数冊出版しました。

――KUMONは他の国にも進出していますか?またどのような教科を扱っているのでしょうか?
安部真由美:1980年、最初の言語プログラムである「公文式英語」がスタートしました。今では日本語、ドイツ語、フランス語、中国語、ポルトガル語、スペイン語など、母語話者と非母語話者を対象とした複数の言語を提供しています。ニューヨークで教室を開設した後、1979年には台湾、ブラジル、ドイツに教室を開設し、その後も米国の他の地域、オーストラリア、香港、カナダなど世界各地に展開しています。
――では、各公文式教室は、KUMONグループの子会社というわけではないのですね。
安部真由美:まず教室を開設し、それがうまく回れば現地法人を設立するというのが通常の流れです。ドイツでは40年以上前にミュンヘンに最初の教室を開設し、デュッセルドルフに会社を設立しました。

――公文式教室の定義やそれを開設するにあったてのプロセスについて教えてください。
安部真由美:講師の募集はいくつかの段階を経て行います。まず、説明会に参加し、適性検査に合格する必要があります。英語と現地の言葉が堪能であること、教育ビジネスへの関心やスキルの有無を審査します。その後、トレーニングセンターのあるギリシャのアテネで行われる二週間のトレーニングに参加し、その後、当社とフランチャイズ契約を結び指定された地域に教室を開設することができます。
清水正宏:基本的に講師は個人事業主であり、KUMONとはフランチャイズ契約で活動しています。講師としての主な役割は教育者ですが、ビジネスの面でもしっかりマネジメントしていく必要があります。数学、英語、など個人事業主は科目ごとに毎月一定のロイヤリティを当社に支払っていただくという形をとっています。

――ではすべての公文式教室は標準化されているのでしょうか?
フックス真理子:基本的にどの教室も同じですが、講師それぞれの個性も加わるので、どの教室も個性的な教室になっていますね。個人的に興味深いのが、KUMONが60年以上にわたってフランチャイズ方式で運営されていることです。日本の社会にも少なからず影響を及ぼしていると思います。国際的に見ても日本の男女の賃金の格差はとても大きく、60年前はほとんどの女性がいい仕事に就くことができませんでした。良い大学を出ても、その能力を発揮できない女性がたくさんいました。公文公は、これも「もったいない」ことだと考えていました。そこで初期は多くの女性が講師となり、自宅で教室を開いていたのです。
――講師はどのような経歴の方が多いのでしょうか?
フックス真理子:経歴は様々です。もともと講師だった方や語学学校の先生もいれば、企業でエンジニアとして働いた人、人事部のマネージャーだった人などもいます。ライフスタイルの変化や労働時間を変えたいというニーズからキャリアチェンジを決意される方が多いようです。


――ドイツにも数か所の教室があり日本人の生徒はもちろんのこと、ドイツ人の生徒も多くいます。日本人とドイツ人の保護者の行動に違いはありますか?
フックス真理子:私の経験上、ドイツ人の親は日本人の親に比べて積極的です。日本では勤務時間の関係もあり、子供を塾に通わせるのが一般的なので、親は子供の課題に関与しないことが多いです。それにより、家庭での親子の時間が少ないことも問題の一つかもしれません。それに比べてドイツ人の親は子供をよく褒め、子供とうまくコミュニケーションをとっている印象を受けています。ドイツ人の親は子供の様子を伺い、モチベーションを上げるのが上手ですね。感情をあまり表現しない日本人ゆえ、そのような場面を日本人家庭の中で見受けることは少ないですね。
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――公文教室の収益源について教えてください。
安部真由美:基本的には登録料、そして安部真由美:基本的には登録料、そして教材費の含まれた月額料があります。教室の所在地によって料金は異なります。
フックス真理子:教室への入学金は35ユーロ、月謝は一教科が95ユーロですが、二教科目からは85ユーロになります。私の教室は他の教室と比較しても安いほうだと思います。
安部真由美:ドイツでの平均的な月謝は一教科109ユーロですね。

――月謝には何が含まれていますか?
フックス真理子:家庭によって異なりますが、子供たちは週に1~2回教室に通います。宿題や教材はこちらで用意し、一教科あたり30分ほど学習します。コロナ以降、時間枠制を導入するようになりましたが、以前はどの子供も自分の好きな時に教室に通うことができました。
安部真由美:基本的に講師は生徒が自主的に学習するためのサポートをします。学習計画を一緒に立て、それぞれの目標を達成するためのお手伝いです。講師が大切にしているのが、「可能性の発見」です。生徒の学習状況を観察したり、完成したプリントを見たりして、「できないこと」ではなく「できること」をまず発見します。そうして少しずつ力を伸ばしていきます。親は往々にして、子供のできないことに目を向けがちですが、講師は子供のできることを見つけ、その可能性を最大限に伸ばせるよう、親も巻き込んで一緒にサポートしていく環境作りをしています。

――海外進出の話に戻りますが、ドイツ進出の決め手は何でしたか?
フックス真理子:公文公は大学で数学を専攻し、その関係でドイツと深い関わりがありました。ドイツで自分が受けた教育への感謝の気持ちを伝えたい、その気持ちから1970年後半に行われたKUMONのドイツ進出に尽力を尽くしました。
――開設から40年以上経った今、KUMONはドイツでどのように発展し、業績を上げていますか?
フックス真理子:私自身、ミュンヘンの公文式教室の最初の先生と知り合いで、1986年から公文式教室に勤め始めました。当時、ドイツにはミュンヘン、デュッセルドルフ、フランクフルトなど、日本人コミュニティーの中心都市にすでに7、8か所の公文式教室がありました。当初は、生徒のほとんどが日本人でしたが、2000年のPISA調査の発表と共にドイツ人からも注目され始めました。日本はトップレベルの結果を残した一方で、ドイツは他国と比較してもそれほど良いスコアではなかったので、大きく報道にもなりました。ドイツの親御さんたちは「我が子には日本の公文式が効く」と思ったのでしょう、公文式の宣伝になったのです。丁度その頃からドイツ人の生徒が来るようになったと記憶しています。


――現在も生徒の大半は日本人ですか?
安部真由美:ドイツでは今、約5000人の生徒が学んでいます。国籍のデータはありませんが、日本人の生徒は500人程度で、1割程度でしょうか。また、ドイツには100人ほどの講師がいますが、そのうち日本人は6〜7人です。
フックス真理子:私はメアブッシュとデュッセルドルフの2つの教室を運営しています。デュッセルドルフでは半々ですが、メアブッシュのクラスはほとんどドイツ人か、トルコ、ロシア、中国などからの移民の背景を持つドイツ人がほとんどです。
――公文式学習や公文式教室のことは、どのように保護者や子どもたちに伝わっているのですか?
フックス真理子:私の教室では、「口コミ」が一番効果的です。同級生の成績が急に良くなったことを知ると、親御さんが気になって、その子の親御さんに聞いて、公文式学習を知るという流れです。また、最近では、学校や先生、セラピストに勧められて来た生徒もいます。
清水正宏:また、目に留まるのは、成績だけではありません。ある日、子どもたちが集まって遊んでいると、その中に公文式教室に通っている子がいました。その子の集中力が他の子よりずっと高いことに気づいたと、イギリスの公文式教室のスタッフが言っていました。つまり、学力だけでなく、非認知能力も高くなるわけです。
――世界的に見た公文式教室の数、また全体の売上高は?
清水正宏:欧州には、約1000カ所の公文式教室があり、世界には約2万4,000カ所あります。そして約760億円(約5億5千万ユーロ)の売上があります。
安部真由美:ドイツには100の公文式教室があり、17名の社員と10名の社員がアテネにいます。売上は約300万ユーロですが、これにはDeutschland GmbHのロイヤリティと欧州13カ国の会社の売上も含まれています。デュッセルドルフとアテネのスタッフが14カ国のインストラクターをサポートしており、現在は合計16カ国に拠点を拡大することを目指しています。


――2016年にドイツを欧州で2番目に大きなKUMONの拠点にしようと思ったのはなぜですか?
清水正宏:2016年、ヨーロッパ・アフリカ公文に入社した直後、私に課せられた大きな課題はドイツにおけるKUMONの新しい成長戦略、欧州での公文の拡大、ヨーロッパにおける第2層としてのドイツをフル活用することでした。これまで、ヨーロッパ・アフリカでの公文の収入といえば、約620の教室があるイギリスが圧倒的でした。また、英国ではKUMONのブランド認知度が非常に高く、日本の会社ではなく、英国の会社だと思われることもしばしばありました。しかし、人口でいえば、ヨーロッパ大陸の方が 10倍も多く、そこで、その可能性を見て、地理的に見ても非常に中心的な位置にあるドイツを選びました。それに加えて、新人インストラクターの養成に最適なギリシャにトレーニングセンターも開設しました。
――コロナパンデミックはどのような影響をもたらしましたか?
安部真由美:コロナ禍以前は、全世界で420万人の生徒が在籍していましたが、コロナの影響で生徒数は360万人にまで減少してしまいました。
清水正宏:以前は2万5,000以上あった教室が、今では2万4,000程度にまで減少しています。この危機が私たちの活動にかなりの影響を及ぼしていることは確かです。
――コロナの時はどのように生徒をみていましたか?
フックス真理子:ズームでのやり取りが主で、生徒たちは自宅で学習していました。
安部真由美:基本的には、生徒が教室に来られないので、講師がプリントを作って生徒に送ったり、保護者の方に教室まで取りに来てもらったりしていました。Zoomセッションで子どもたちをサポートし、勉強しているのを見守り、またスマートフォンを使って連絡を取りながら学習を進めていきました。
――ドイツにおけるKUMON の今後の展望について教えてください。
安部真由美:今、私たちはベルリン、デュッセルドルフ、フランクフルト、ミュンヘン、ハンブルクといった大きな都市をターゲットにしています。大都市を中心に、教室の数を増やし、ブランドの認知度を高めていくことを目的としています。また、すでにドイツを取り巻く13カ国に教室を展開していますが、今後は、欧州の各首都に公文式教室を設立したいと考えています。ヨーロッパ大陸では引っ越しや転勤が多いので、需要があると考えています。中には日本ではなく米国や英国で初めて公文式学習を体験し、その後ヨーロッパに移り住み、自分の教室をオープンする人も出てきました。いまや公文のビジネスはボーダーレスなのです。

――ドイツの学校では、デジタル化の議論が盛んです。御社の考えを聞かせてください。
清水正宏:私たちは子どもたちや指導者がどのように働きたいかをよく考え、それに合わせてメソッドをアレンジするようにしています。2023年には、公文式「KUMON CONNECT」によるタブレット学習を開始しました。また、タブレットメーカーなど、他の企業と連携してデジタル教育を行うことも視野に入れています。公文式学習は、基本的に生徒が好きなように学習できるようにしています。自宅からタブレットを持参することも、紙の教材を使うことも、Zoomセッションや教室で直接学習することも可能です。また、アプリには「リプレイ」という新しい機能があり、講師がセッション後に生徒がどのように学習したかを確認することができます。この機能は生徒の思考プロセスの違いや個性を理解するのに役立っています。
安部真由美:タブレットやアプリを使ったデジタル学習システムと聞くと、普通はAIを使った自動的なものを思い浮かべると思います。「KUMON CONNECT」の特徴のひとつは、指導者・生徒・保護者の三者間のつながりを重視したヒューマンタッチです。紙ベースでもタブレットベースでも、ヒューマンタッチの方法は同じです。変わったのは、タブレットを使うことで、生徒が学習計画や進捗状況を瞬時に可視化し、共有できるようになったことです。講師は週2回の授業だけでなく、家庭での様子も観察し、よりきめ細かい指導ができるようになりました。

――親子が公文式学習に触れるメリットは何ですか?
フックス真理子:公文式は、算数や語学だけではありません。親御さんがすでに公文で学んだ経験があり、そのお子さんが公文に通っているという2世が何人もいます。なぜか?それは、親御さんが「公文式学習は自分の人生にとてもいい影響を与えた」と思っているからです。忍耐力、努力の継続、集中力など、大切な力を身につけることができるのです。
安部真由美:その通りです。私たちの生徒たちは、毎日の勉強の習慣を身につけています。この能力は、ピアノやスポーツなど、他の活動にもつながっています。KUMONでは、集中力や管理能力を身につけることができます。そして、新しいことにチャレンジすることに恐れないという自信も身につきます。これからの時代、子どもたちは人間が経験したことのないような未知のことに挑戦していかなければなりません。KUMONで得た達成感や自信は、未知の挑戦を楽しむことにつながると、私たちは確信しています。