私たちは、人との接触や移動が制限された時代に生きています。あらゆるものがオンラインで購入できるようになり、BtoBやBtoCともに、EC・通販需要はパンデミックによってさらに高まっています。そして、物流従事者は、そんな現代の私たちの生活を縁の下で支えてくれています。郵船ロジスティクス株式会社(以下:郵船ロジスティクス)は、世界中から素材や部品、また製品、の輸送を受託し、様々なサプライヤーに届けています。同社のドイツ法人であるYusen Logistics (Deutschland) GmbHのマネージングディレクターを務める塩田利和氏に、ドイツ市場における物流ビジネスをどのように展開しているのか、事業の変遷や今後のビジョンなどについてお話を伺いました。同社は11月から新たに2万㎡の倉庫をデュッセルドルフ・ライスホォルツにオープンさせ、ドイツ全体で約16万㎡の倉庫展開を誇ります。
――まずは、御社をまだよくご存じでない方に対して事業内容を紹介してください。
塩田利和:当社は、世界47の国と地域で物流事業を展開するサプライチェーン・ロジスティクス企業です。「世界で認められ選ばれ続けるサプライチェーン・ロジスティクス企業になる」という使命を掲げ、主に3つの事業を展開しています。
1つ目は、フォワーダーと呼ばれる貨物利用運送事業者としての役割。海上、航空、鉄道、トラックのオペレーターである航空会社、船会社、鉄道会社、トラック会社からスペースを調達し、ドアツードアで発地から着地を結ぶ輸送サービスを提供しています。これには、サプライチェーンソリューションやコントロールタワー、オリジンコントロールマネジメントなどのロジスティクスソリューション機能も含まれています。お客様のニーズやデマンドは、千差万別なので、それぞれのオペレーターが展開するサービスを上手く組み合わせ、かつ付加価値を付けて販売することが必要不可欠だと考えています。2つ目は、特に通関申告等各種申告代行の実施です。国を跨る国際貿易には輸出時および輸入時に税関や検疫所などへの各種申告が必要になってくるところ、当社では世界各国での税関当局等への申告をお客様の代理で行っています。そして、3つ目は、倉庫業務です。サプライチェーンは輸送だけではありません。保管や在庫管理も重要な仕事の一つです。私たちは、各国での保管、在庫管理およびラストマイルデリバリーまでを一貫して行う陸上輸送サービスをお客様に提供しています。この3つの主要ビジネスは、最新のITソリューションを駆使して、最高レベルのロジスティクスソリューションを実現しています。
――創業からの歴史についても教えてください。
塩田利和:現在の郵船ロジスティクス株式会社の前々身である株式会社国際旅行公社は、1955年2月28日に設立されました。
設立翌日の1955年3月1日、国際旅行社はIATA(国際航空運送協会)の公認代理店として、旅客と貨物の両方の販売業務を開始し、1959年には、現在の当社の親会社である日本郵船が出資比率を50%以上に高め、筆頭株主となり社名を郵船航空サービス株式会社へ改めました。
当社は、1968年10月の米国郵船サービス株式会社の設立を皮切りに、1973年に香港、1979年にシンガポールにそれぞれ現地法人を設立し、海外展開を加速させました。欧州では、1973年にアムステルダム、翌年にはデュッセルドルフとロンドンに駐在員事務所を開設し、1994年には旅客事業を郵船トラベル株式会社に譲渡しました。その2年後には日本証券業協会に店頭登録し、2005年には東京証券取引所市場第一部に上場を果たしました。そして、2010年には、親会社である日本郵船の物流事業を担うNYKロジスティックス株式会社と事業統合を果たしました。2018年に日本郵船による当社の完全子会社化に伴い、東証一部において上場廃止し、現在に至っています。
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――高度経済成長期に設立されたのですね。その後、バブル時代崩壊の影響は受けましたか?
塩田利和:当時、私は海外に出向中であり、バブル崩壊時の日本の状況を目の当たりにしたわけではありません。しかし、私たちの物流ビジネスは「物を運ぶ」というベーシックかつ現実的な事業を基本としているため、危機的状況には比較的強く、例えばIT企業などと比べても影響は少なかったかと思います。
私は1985年に郵船航空サービスに入社し、最初は大手商社の営業担当として、大阪での主に繊維関係の航空輸送がメインでした。当時は、大雑把に分けると、大阪及びその近郊は繊維関係、名古屋及びその近郊は自動車関係、東京及びその近郊はエレクトロニクス関係のお客様が中心でした。各大手企業のオフィスの物流・運輸部門には、当社専用のデスクがあり、その隣には競合他社のデスクが位置し、日々競いあっていたことを覚えています。これは、当時の日本ではそれほど珍しいケースではありませんでした。入社4年目には米国のボストンに研修生として14カ月間派遣され、1996年からは香港に6年間駐在しました。帰国後は、5年間の東京本社での勤務期間(中国営業推進課の立ち上げ~営業推進課)を経て、米国のロサンゼルスに駐在、西海岸全体を管轄しました。その後、大阪支店長やロシアのモスクワで貴重な経験を積んだ後、2018年よりドイツのデュッセルドルフにいます。
――御社の事業の変遷について教えてください。
塩田利和:かつては、日本から世界各国に向けて原材料・部品や製品を輸出することが当社の主要事業でした。しかし、1980年代に入って、中国が「委託加工貿易」を推進し、欧州諸国や米国、日本などが原材料や部品などを中国国内の自社工場に供給し組み立てを行い、その加工品を輸入するようになりました。これが、中国が多くのノウハウを獲得し、今や多くのハイテク製品や高品質の家電製品、携帯電話などを製造するようになった理由の一つだと言われています。委託加工貿易は成功モデルとなり、他の国も同様に実施しました。一方で、既に広く知られているように、国内に生産ラインを持つ工場が数多く存在した頃に比べると、日本の工場の数は減り、日本の物流は輸出指向から、むしろ輸入指向に変わってきています。
――ドイツでのビジネスはどのように展開していますか?
塩田利和:1974年に、デュッセルドルフ駐在員事務所を開設し、1981年にはフランクフルト、1986年にはミュンヘンとハンブルクに、次々と事務所を開設しました。翌年の1987年3月17日には、ドイツ郵船航空サービス有限会社を設立し、自社でのオペレーションを開始しました。
当社は日本由来の企業であること、また、フォワーディング事業は自社の海外拠点とのネットワークビジネス色が強く、確かに、外資系企業と比べて日系企業のお客様との取引が多かったといえます。しかし、近年はドイツ人の営業担当を積極的に採用したことによって、非日系企業のお客様が急増しています。倉庫についても同様で、ドイツ系企業を中心とした非日系のお客様の在庫・保管業務を拡大しています。現時点では、売上高では非日系企業が日系企業の総額を上回っています。
――ドイツの競合他社との違いは何でしょうか?
塩田利和:ドイツにはDB Schenker社やDHL社など、世界トップクラスの物流企業が集まっています。例えばDB Schenker社と当社の決定的な違いは、前者は自社で確立した輸送手段を大前提に輸送サービスを提供する巨大フォワーダーであるのに対し、私たちは輸送手段とお客様の間を取り持つ、柔軟な顧客志向を実現するテイラーメード的サービスを提供するフォワーダーとしての機能を果たしていることです。つまり私たちは巨大企業には比較的困難なお客様ごとのニーズに合わせたカスタマイズが可能なのだと考えています。また私たちは常に日本のサービス基準に沿った高品質のオペレーションの提供を目指しています。
――デュイスブルクを拠点としている理由を教えてください。
塩田利和:ここ、デュイスブルクには、世界最大の内陸港「デュイスポート」があります。昨今、ユーラシア大陸の鉄道関連の物流需要が飛躍的に増加していることから、物流拠点としての重要性が高まっています。航空貨物だけでなく、海・鉄道・陸上貨物の観点からも、デュイスブルクは欧州の物流サービスの中心(Center of Gravity)として機能していると考えています。当社は、1999年に最初の倉庫をオープンし、デュイスブルクに進出している唯一の、物流サービスを展開する日系企業です。現在、倉庫の広さは62,000平方メートルで、そのうち約6,000平方メートルが危険物専用倉庫となっています。
――ドイツ法人はグループ全体の中でどのような位置付けですか?
塩田利和:郵船ロジスティクスグループは、2021年3月時点で、世界47カ国、約600箇所で事業展開しており、約24,000名の従業員が在籍しています。2020年度は、航空で32.6万トン、海上で72.3万TEU(Twenty-foot equivalent unit/20フィートコンテナ数)の物量を取扱い、当社単体で売上約6,000億円、経常利益約270億円を記録しました。日本を代表する国際物流業者として、日本国内のみならず海外のお客様にも認知されています。
現在、当社は、本社の所在地であるデュッセルドルフ・ラートのほか、デュッセルドルフ・ライスホォルツ、デュイスブルク、ランゲンフェルト、ハンブルク、フランクフルト・アム・マイン、アルツェナウ、シュトゥットガルト、ミュンヘン、スイスのチューリッヒなど、DACH地域の計9都市にて事業を展開しています。各拠点には倉庫を設置しており、ドイツ国内の倉庫面積は、現在約16万平方メートルにのぼります。これは、サッカーグラウンド20面分ほどに等しい大きさです。
2020年度は、ドイツ法人として売上約1億6000万ユーロ(約208億円)、航空貨物13万トン、海上貨物2万9千TEUの取扱いを記録しました。これは、欧州域内にある当社グループのオペレーション会社の中でも最大規模にあたります。この点からも当社のドイツ法人が、欧州においての主要物流拠点であるということをご理解いただけるかと思います。
――日本本社とドイツ法人はどう連携しながら仕事をしていますか?
塩田利和: 基本的な世界戦略は東京本社にて決められますが、欧州は独自の地域戦略を持っています。また、当社のメインビジネスは日本だけではありませんので、日本本社のみならず、欧州本社とも密接に連携しています。
したがって、世界各地に5か所ある地域本部や各地現地法人と密接に連携しながら仕事をしています。ドイツにおける郵船ロジスティクスの従業員はほとんどがドイツ人であり、また私たちの取引先は多国籍企業が多いこともあり、国によって法律や規制は様々なので、日々の業務についてはネットワークから最新情報を得ながら、スピーディーに判断することが重要だと考えています。
一方で、現地の社員に対して、日本の考え方に関する異文化理解のトレーニングを実施しています。これは、日本のサービスが良くて、ドイツのサービスが悪いというわけではありません。それよりも、お客様の半数近くが日本企業である以上、お客様の考え方や価値観をドイツ人スタッフにも理解してもらう必要があると考えています。例えば、ドイツではICE列車が予定時刻から15分以上遅れて到着すると遅延とみなされますが、日本では、新幹線が60秒遅れるだけでも遅延とみなされ、お詫びのアナウンスが入ります。このようなサービスに対する期待が日本にはあるという事実は、見逃せないことであり、文化差異を認識し顧客の満足度を高めることが必要であると考えています。
„コロナ禍により、ビジネスに欠かせない物流事業の役割とその重要性が再認識されました“
――コロナ禍の影響による労働環境への変化はありましたか?
塩田利和:パンデミックは、私たちの生活や職場環境に大きな変化をもたらしました。当社では、バックオフィスを中心とした一部の部署でリモートワークを積極的に導入しました。社内外の打ち合わせもオンライン会議などが当たり前になり、働き方が大きく変わりました。
一方で、物理的な管理や物の移動など、現場での作業が求められるオペレーションチームは、従来通り出勤しています。現場においてはRFIDタグの導入やウェアラブルディバイスの更なる導入により、安全管理を含めたIoTサービス化、また物流拠点内のモノの移動における業務の効率を高めるロボット機器などの導入が加速化する傾向にありますが、物理的に作業員がゼロになるということはないでしょう。コロナ禍により、ビジネスに欠かせない物流事業の役割とその重要性が再認識されました。今後も最新の機器やソリューションを積極的に導入し、不測の事態にも素早く対応できるSCMの構築をお客様と一緒に考えていきたいと思います。
――今後のビジョンについて教えてください。
塩田利和:当社では、既存のビジネスに加えて、成長性の著しいビジネスに積極的に投資や誘致を実施していきます。
私たちは、ドイツの主要産業である自動車関連や航空機関連のお客様が多くいますが、両産業共に変革の時期を迎えています。他のEU諸国同様にドイツでもEUの脱炭素ロードマップ「欧州グリーンディール」に基づき、自動車メーカー各社において電気自動車(EV)シフトの動きが活発化してきています。 EVに使用される部品の多くは、エンジン車に使用される部品とは異なり、新たなサプライヤーも数多く出てきています。営業部門には、自動車メーカーやサプライヤー各社の動向を注視し、即座に最適な提案を行えるようアンテナを高く張り営業活動を進めるよう指示しています。既にEVに絡む長期ビジネスも着実に獲得出来てきており、成果の芽が出てきています。
また eコマース(EC)に関連する事業についても触れないわけにはいきません。私たちは、コロナ以前よりECの将来性に注目していました。その中でもいち早く着目したのは、消費者から送り返されてくる返品物流の潜在的な需要です。返品プラットフォームに特化した会社と戦略的パートナーシップ契約を数年前に締結し、先行投資を行っていました。具体的には、従来、消費者から大手メーカーに直接返送されていたものを一旦当社倉庫宛てに返送していただき、当社で状態確認や返送先毎の仕分け、一時保管を行い、纏めてメーカーに返送するサービスを以前より構築しています。また欧州を中心に人気を集め、販売が好調である化粧品を含めた美容関連アイテムを取り扱うブランドの在庫拠点をも運営しています
その中で昨年コロナ禍が全世界的を覆い、巣籠り需要を背景に取扱いが急拡大しています。オンラインでの商品購入に慣れた消費者が更に多くなった現状では、コロナ禍が落ち着いてもこの流れは止まらないと考えています。
また、フランクフルトやスイスには、医療品物流取り扱いのための GDP (Good Distribution Practice)基準に準拠した倉庫があり、医薬品やヘルスケア関連のビジネスを急速に拡大しています。これは日系・非日系顧客に関わらず温度管理輸送も含めた特別なノウハウを駆使、発地或いは着地との詳細なる出荷準備があってこそのものです。これらの成長分野を支える人材への投資や新たな人材の採用を通して、EC事業や医薬品事業の顧客ポートフォリオの拡大を目指していきます。
その他、当社は、航空および海上での輸出入、契約倉庫事業、クロスドックサービス、欧州域内トラックサービス、中国と欧州を結ぶクロスボーダー(大陸横断)トラックサービス、中国とロシアを結ぶ鉄道サービス、コントロールタワーを含むサプライチェーンソリューション(SCS)機能などを最大限に活かせて、顧客の物流ソリューションを展開しています。数々のお客様に対して、単一のサービスのみならず、複数サービスを展開することに成功しており、効果的かつ効率的な顧客へのサービス展開のみならず、また当社にとっても経営資源の有効活用かつ効果的かつ効率的な販売が実現されています。まさにこれらが当社の強みと言えるでしょう。
最後に、当社にとって米国・中国に次いで、世界第3位の輸出国であるドイツ、また輸入国の観点からも自国のみならず、欧州の玄関口としてのドイツのポテンシャルは無限大です。これは他の欧州諸国と比較しても圧倒的なアドバンテージであり、私たちは、お客様からのデマンドに耳をすまし傾け、今後もお客様と一緒に最適なサプライチェーンソリューションを実現し、顧客満足度を高めていくつもりです。