日本のオーディオ機器といえば「良い音」。オーディオテクニカ(Audio-Technica)という日本企業は、過去60年間、音響の世界の最先端を走ってきました。レコードプレーヤーやピックアップ、マイクロホン、ヘッドフォン、あるいはウェブ会議用の音響システムなど、常に素晴らしい選択肢を提供してきました。家族経営により代々受け継がれた同社は、音響だけでなく、グローバルにおけるサウンドマーケティングにも革命を起こしており、その歴史は、創業者の初期のプロモーションアイデアまで遡ります。今回、J-BIG編集部は、株式会社オーディオテクニカ(以下:オーディオテクニカ)のドイツ法人のマネージングディレクターを務めるマティアス・エクスナー(Matthias Exner)氏に、会社の沿革やドイツ事業などについてお話を伺いました。
––––オーディオテクニカの創業時のお話を教えてください。
マティアス・エクスナー:オーディオテクニカは、1962年に、音楽をこよなく愛した松下秀雄により設立されました。彼には、高品質な音を実現したいという強い意志がありました。60年代のオーディオ機器といえば、当時非常に高価で手に入りにくかったモノラルレコード。彼は、ブリヂストン美術館の学芸員として働く傍ら、ターンテーブルカートリッジ、すなわち、レコードの振動を音に変換するモジュールを小規模ながら開発・製造していました。その初期のモデルでさえ、非常に高い音質を誇っています。彼は、このような上質なサウンドをより多くの人に届けることを目指し試聴会を開催するようになりました。お気に入りのアルバムを、完璧なサウンドで試聴できるというイベントです。
––––最初の商品はカートリッジだったのですね。
マティアス・エクスナー:その通りです。実は、当社の歴史を通して、全製品においてこの強みが反映しているのです。空気の動きを電気信号に、あるいは電気信号を空気の動きに変換することが、私たちのコアコンピタンスです。こうして、ピックアップに続き、ヘッドホンやマイクが登場しました。私たちは常に、極上の音質をすべての人に体験してもらいたいという姿勢で臨んでいます。コンデンサーマイクロホン4033を通して、業界初の1,000ドル以下の高品質なレコーディングスタジオマイクを生産しました。この40シリーズはサウンドエンジニアの間で伝説となりました。その後、開発は急ピッチで進められ、ピックアップでも世界市場を牽引するようになりました。そして、1982年、CDの開発とともに、アナログからデジタルへの転換期があり、3つの工場を光ピックアップの生産にシフトしました。そのため、当初は定番のアナログ製品の売上が減少し、技術的なアプローチでできることはないか考えたのです。その結果、半導体レーザー応用製品から、家電製品、さらには「すしロボット」まで、さまざまなものを製造するようになりました。
––––お寿司のロボットですか・・・?
マティアス・エクスナー:はい。当社にとって、デジタルシフトの時代はとても大変でした。しかし、それだけでなく、社員が一丸となってアイデアを出し合い、可能性がありそうな分野には全力投球するという、非常にクリエイティブな背景もあります。全ては約40年前の社内コンペにおいて「全自動寿司マシン」のアイデアが出たことからはじまり、主に日本市場向けですが、現在までポートフォリオに組み込まれています。
––––ビジネスのグローバル化はどのように進めていきましたか?
マティアス・エクスナー:まず、創業からわずか6年で米国に進出しました。 1978年、欧州に進出し、欧州本社としての拠点は英国でした。そして、1998年には、ドイツにて事業活動を開始しました。
––––ドイツには比較的遅くに進出されたのですね。
マティアス・エクスナー:はい、その通りです。当初は、いろいろなものが英国を経由していました。ドイツへ展開した1998年には、フランクフルト近郊のヴィースバーデンという町にて、小さなアパートを借りてスタートしたそうです。展示会用の箱はバスタブに収納され、残りの製品はアパートのあちこちに散らばっていたとか。それから10年ほどして、真っ当なオフィスに引っ越したので、いくつかの建物に点在するスペースを自由に使えるようになりました。2018年からは、現在の拠点へ移り、さらにやりやすくなりました。ここでは、社内展示や講習会なども実施しています。もちろん、コロナ以前はもう少し充実していましたが、そのような状況に戻りつつあります。ここでできることが増え、素晴らしいと感じています。
––––ドイツ法人のグローバルにおける位置付けとグループ全体の売上高について教えてください。
マティアス・エクスナー:グローバルも含め、グループ全体で、約4億5千万USドルの売上高を誇っています。米国、カナダ、欧州、中国、東南アジア、そして当然日本にも現地法人と販売チームがあります。また、日本、中国、台湾に自社の生産拠点を持っています。見方によっては、3000〜4500名がオーディオテクニカに在籍していることになります。欧州には160名以上の仲間がおり、そのうち約40名はドイツにいる営業担当者です。欧州事業は、全世界の売上高の約20%を占め、そのうちのほぼ3分の1はドイツにて生み出されています。
––––最も売れ行きのいい製品カテゴリーはどれですか?
マティアス・エクスナー:ドイツでは、明らかに、ターンテーブル、カートリッジ、ヘッドホンがベストセラー商品です。また、法人向けの分野も非常に重要で、多くの時間やノウハウを投資しています。会議システムと統合型マイクシステムを例に挙げて説明したいと思います。会議室の天井に設置するビームフォーミングアレイマイクロホンという新製品があります。このマイクの素晴らしいところは、部屋の中で、録音する場所と、ほとんど録音しない場所を具体的に定義できるということです。周囲の雑音を完全に遮断することができる優れた製品です。例えば、私が拍手をすると、マイクはそれを音声ではないと認識し音を拾わないのです。また、従来の会議では音の問題が発生しがちなホームオフィスなどで必要とされるエコーキャンセラーも内蔵しています。録音やアーカイブ、翻訳もうまくいきます。なぜなら、音源の品質が高ければ高いほど、新しいAIプログラムのアルゴリズムが、例えば音声データをテキストに変換し翻訳することが可能になるからです。
––––特にコロナ禍には、ウェブ会議の音質にこだわりたいという要望が高まったのではないでしょうか?
マティアス・エクスナー:以前から増加傾向にありましたが、コロナ禍の影響により、更に加速されたのは言うまでもありません。そして、今後はオンライン会議やハイブリッドイベントが大きな役割を果たし、単純な対面でのイベント形式にはなかなか戻れなくなることも想定されています。先日、高度な専門職に就いている方のための職業訓練センターの運営に対してコンサルティングをしているプロのプランナーとお話しする機会がありました。大規模な職業訓練校があり、例えば通勤時間が長い人たちに対して、講習などをオンラインで提供できることは大きなメリットとなるという。同時に、対面での講習を望む声も残っているため、ここでも「ハイブリッド」が解決策になります。そのためには、高品質な音響が必要なので、この種の計画の際に当社が話題になることがもちろんあります。
––––つまり、高音質のためなら高いお金を払ってもいいという人は一般的に多いのでしょうか?
マティアス・エクスナー:ある程度は投資したいという人が多いという印象です。しかし、会議室に関連して、私がいつも腹立たしく感じたことは、例えば、大企業の経営陣のオフィスには、素晴らしい映像技術や並外れて高額なデスクやオフィス家具がありますよね。その多くは、一般的な社会人の年収よりも高額です。その一方で、音響技術の重要性が忘れられてしまうケースは少なくありません。例えば、ビデオが止まってしまったとき、音声は機能し続ける必要があります。音声がない時点で、コミュニケーションが終わってしまうからです。しかし、オーディオ機器が予算化されることはほとんどありません。「本当に16人分のマイクが必要なのか?」と自問自答し、コスト削減のために下方修正する人もいますが、最初から低予算にしてしまうことで、実現可能なはずの体験の機会を奪ってしまうのです。
––––しかし、オーディオが得るべき評価が得られないのはなぜでしょうか?
マティアス・エクスナー:実際に体験してみないとわからないからだと思います。そこで、「試聴会」の話に戻しますが、今年の年末に、60周年記念を記念して、松下秀雄の原点に立ち返り、この「試聴会」を復活させることになりました。他にもさまざまな企画を予定しています。
––––現在、オーディオテクニカの戦略的方向性を決めているのは誰でしょうか。
マティアス・エクスナー:オーディオテクニカは、代々受け継がれてきた家族経営です。現在は、創業者の息子にあたる松下和雄が会社を率いています。そして、今後も世代交代が行われていくでしょう。今後後継者がどのような展開を見せるのか、すでに興味津々です。私たちは外部の出資者を持たず、運命は自分たちの選択で決まるというスタンスです。そのため、当社のシェアホルダーバリューの目標は、長寿と持続可能性に向けられています。その一方で、松下秀雄の子孫が一家の遺産を守りたいと考えることは当然であり、どのようなリスクを取り、どのようなチャンスを掴むのか、慎重に考えるため、決断に少し時間がかかることもあります。
––––ドイツ市場ならでは特徴はありますか?ドイツ人顧客はどのような人たちですか?
マティアス・エクスナー:「クリティカルシンキング」は、典型的なドイツ人に共通する特徴かもしれません。一般的には、ここにいくつかチャレンジがあります。法人向けのオーディオ機器の場合、数こそは多くないものの強力な競合他社が存在します。とある競合他社は、コンシューマー部門を切り離し、B2Bに特化しているところです。以前はポートフォリオに隙があったこともありますが、私たちの製品開発部は今や非常に優れたソリューションを提供しています。コロナ禍やサプライチェーンの問題に直面しても、しばしば納品できるという事実は、新しい人脈を築く上で、現在有利に働いています。コンシューマーオーディオ機器の分野では、主にExpert Group、Media-Saturn、 Euronicsが販売を担当しているため、ドイツ国内の小売店との連携は非常に重要です。Amazonは、EMEAチームが一元的に管理しています。もちろん、独立した小売業者も重要な役割を担っており、特にターンテーブル・カートリッジの分野では、彼らとうまく連携しています。日本やアジアではトップブランドとして認知されていますが、欧州においては一般のエンドユーザーへのリーチを広げることが課題です。オーディオテクニカは、より明確なブランドとしての位置付けをする必要があります。
––––法人向けオーディオとコンシューマー用オーディオ機器の境界はどこでしょうか?
マティアス・エクスナー:境界線は特にありません。一般的に、システムインテグレーターによる設置が必要な機器や、イベント関係者がレンタルする機器は、法人向けオーディオに該当します。それが、いわばB2Bビジネスです。コンシューマーオーディオ分野は、B2Cビジネス、すなわちエンドユーザーに対する販売について説明しています。ドイツでは、過去にフラッグシップモデルに集中しすぎたため、その一部が品薄になっていました。その結果、私たちが他にも素晴らしい製品を持っていることを、業界の皆様に知っていただくことができました。かつて同僚たちは、エントリークラスのあるモデルはドイツでは売れないと言っていたこともありますが、ここにきて認識が変わり、この国でもポートフォリオが充実してきました。
––––おそらくコンシューマー分野においてはハイエンド製品を受け入れてくれるニッチな層と、それ以外の層はスマートフォンで満足しているという問題があるのではないでしょうか?
マティアス・エクスナー:まさに、それは私たちが抱えている課題のひとつです。日本では、ずっと有線ヘッドホンでリードしており、今はワイヤレスヘッドホンも上市しています。しかし、コンプライアンスの観点や市場の期待から、欧州で販売できない製品もあります。とはいえ、ヘッドホンのコンシューマーエレクトロニクス分野にも取り組んでいきたいと考えています。しかし現実的には、まずフォノイコライザーのナンバーワンの座を奪還したいので、これは私にとっては並行プロジェクトになりそうです。フォノカートリッジは、現在、素晴らしい発展を遂げています。また、大成功を収めたマイク「AT2020」及び新規発売の「AT2020x」は、ストリーマーやブロガー、ポッドキャスターによるコンテンツ制作に興味深い、当社にとって重要な製品です。
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––––ご自身とオーディオテクニカとの関わりについて教えてください。
マティアス・エクスナー:私は2018年より、オーディオテクニカのドイツ法人に在籍し、GmbHの立ち上げに貢献してきました。それ以前は、従属する立場にある子会社 (GmbH)でした。当社では、総じて、2013年から働いています。当時、私はまだEMEA(欧州、中東、アフリカ)地域のセールス&マーケティングディレクターとして英国に勤務していました。ブレグジットが起こったとき、8週間の内に欧州の倉庫をオランダに移し、ドイツをGmbHにする決断をしました。実は、当時の上司に、私の働く拠点を、ロンドンからフランクフルトに移せないかと相談したところ、結果的に、ドイツ法人のマネージングディレクターを任されることになったのです。オーディオテクニカに来る前は、スコットランドのスピーカーメーカーに勤務していました。また、直近の前職は、米国のネットワーク型オーディオDSPシステムメーカーでしたが、米国のメンタリティに押されて退職したので、今は日本の会社で働けて幸せです。オーディオテクニカとは、他のどの会社よりも長い付き合いになります。
––––異なる企業文化への洞察から、典型的な日本人のメンタリティーをどうとら会えていますか?日本人はどの点で異なると思いますか?
マティアス・エクスナー:私が感じる日本的なものは、目上の人に対する尊敬の念です。そのため、時には意思決定に時間がかかったり、プロセスが遅くなったりして、非常にもどかしい思いをすることがあります。この文化の違いを意識することは、私が効果的に役割を果たすために重要です。しかし、業績面ではポジティブな展開も見えています。私は面接で、当時の欧州のトップとCFOに、オーディオテクニカの価値観について尋ねたことがあります。彼らは、従業員を非常に尊重してくれるということを真っ先に話してくれました。すぐに成果を出せない人がいたら「hire and fire」という概念がある欧米と違い、人に対する関心や評価が高い日本では、そういう印象はないですね。
「私が感じる日本的なものは、目上の人に対する尊敬の念です。」
––––ドイツのオーディオテクニカは、日本とどのように連携しているのでしょうか。
マティアス・エクスナー:一般的には、日常的な業務において日本人と接触することはほとんどないので、非常に独立していると思います。しかし、もちろん役員会議にも参加しますし、部署間の交流も盛んです。二年ほど日本に駐在することは珍しいことではありません。その逆も然り。四半期ごとに、日本や国際的な展示会にてプロダクト会議をしており、経営層が一堂に集うグローバルミーティングも毎年実施しています。このような意見交換の機会は、個人的にいつもとても大切にしていることです。また、人と人とのつながりを大切にし、一緒に物事を進めていくことを心がけています。私たちのチームは日本にいることが多いので、個人的な交流のある友人や同僚も時々います。私はいつもそれを非常に面白いと感じています。一度、日本語を学ぼうとしましたが、残念ながら時間の関係で挫折してしまいました。
––––今後、オーディオテクニカはどこへ向かっていきますか?
マティアス・エクスナー:私たちは、コンシューマー分野での認知度を高めたいと考えています。イベント関連の音響エンジニアは、すでに私たちの製品をよく知ってくれています。例えば、エルトン・ジョンは、赤いリングが目印の「AE6100」ハイパーカーディオイドダイナミックハンドヘルドマイクロホンを好んで使用しています。上の世代も、ピックアップやターンテーブルですでに私たちのことを知っています。しかし、若い世代にはもっともっとアプローチしていかなければなりません。例えば、教育プログラムを提供しています。また、オーディオテクニカは、「Analogue Foundation」の共同設立者でもあります。アナログを大切にし、アナログオーディオの良さを理解する、関心のある人たちの集まりです。そのために、ベルリン・ミッテに大きなスタジオと2つの小さなスタジオ、そしてリスニングカフェからなる複合施設を設置しました。数ヵ月後には正式に稼働し、お客様はそこで本当に高品質のオーディオを聴くことができるようになるのです。また、スタジオレジデンシープログラムもあり、選ばれたアーティストがプロジェクトの実現のために、私たちの機材やスタジオを使用することができます。また、オーディオ業界の女性の活躍を後押し、クィアやノンバイナリーの方々も選考したいと考えています。私たちは、まだまだ社会的に弱い立場にある人たちに、表舞台に立ってほしいと思っています。
––––ロスレスオーディオによって、アップルなどのテクノロジー企業やストリーミングプラットフォームが音質面で追いついてきたと言えるでしょう。そこで連携できることはありますか?
マティアス・エクスナー:確かに、ロスレスオーディオには高品質な機材も必要ですからね。私たちは、インイヤー・トゥルー・ワイヤレス・システムとトランスデューサーの開発を常に行い、常に新しい品質レベルに到達することを確信しています。私たちは非常に長いバッテリーライフを実現していますが、もちろん、それをさらに向上させたいと考えています。私たちはアナログの会社ですが、ストリーマーを応援しています。これが、当社の60周年のステートメントです。なぜなら、飛行機や電車に巨大なスピーカーを持っていくことはできませんが、外出中も高品質のサウンドが必要です。したがって、ストリーミングとアナログは、私たちにとって矛盾するものではなく、うまく組み合わせることができるものだと考えています。