おそらくドイツに住む日本人や日本ファンであれば誰もが知っているデュッセルドルフにあるインマーマン通り。1960年代頃から日本総領事館を筆頭に多くの日本企業や日系ホテルブランドが拠点を構えました。今や日本人経営のレストランやスーパーマーケット、ベーカリー、書店、美容室なども進出し、ドイツにいながら日本旅行をしているような錯覚に陥るほど。今回は、そんな欧州屈指の日本人街の発展の一翼を担う起業家に、札幌ラーメン「麺処・匠-TAKUMI-」の運営や匠ブランドのフランチャイズビジネスや「リトル東京プロジェクト」についてお話を伺いました。BRICKNY EUROPE GmbH(以下:ブリックニーヨーロッパ)の創業者である佐伯春彦社長です。欧州に本場のおいしい日本食とおもてなしを届けたいという思いから始まり、26年間取り組んできた彼の挑戦はまだまだ続きます。
――ブリックニーヨーロッパの成り立ちについて教えてください。
佐伯春彦:僕は1995年26歳の時、日本からアムステルダムに移住し「串亭」という焼鳥居酒屋をオランダ・ベルギー・ドイツで展開する外食企業に入社しました。オランダで三年間務めたのちデュッセルドルフの店舗の店長に就任しました。そして状況や環境の変化とともに次第に其々の各国の店舗を其々で運営していこうという話になり、僕はデュッセルドルフの店舗の営業権が譲渡されたタイミングで独立し2001年にブリックニーヨーロッパという会社を立ち上げ居酒屋串亭の運営を始めました。当時は個人会社での運営でスタートし2012年に有限株式会社に切り替えました。
――店舗数はどのように増えていきましたか?
佐伯春彦:インマーマン通りにある「串亭」を運営していた頃、隣のカフェのオーナーから「店を辞めることになったから、お前がやらないか?」という提案を受けて2003年に「カフェ・リラックス」をオープンしました。現在はコンセプトを刷新しトンカツ屋に変わっていますが、当時はフルーツパフェやオムライスなどの日本の喫茶店メニュー、そして深夜には実験的にラーメンも提供していました。
僕は、欧州で「ラーメン屋をやりたい」という気持ちがオランダ時代からあったので、当時同じくインマーマン通りにあったラーメン屋のオーナーに「もし辞めるときは教えてね」と念押しをしておいたのです。そうすると本当に閉店する際に連絡をくれて2007年にお店を引き継ぎ屋号を変え、本格的にラーメン屋を開店しました。それが、「匠-TAKUMI-」の第一号店です。
当時はただただ良いお店を作ろう、という一心でインマーマン通りにある三つの店舗を小走りで何往復もしながら、料理、接客、各店舗のマネジメントをしていました。そして2012年には匠の2号店、2015年には3号店をオープンしました。このころからインマーマン通り界隈以外の店舗まではさすがにこの体制では手に負えないだろうと感じていました。なんとか必死で数店舗を運営していましたが時間的にも体力的にも本当に大変でした。間違いなく人生で一番ハードな時期だったと思いますが、振り返ってみると一番楽しかった時代だったかもしれません。今後系列店を増やしていく場合味がぶれてしまうことは致命的。そのためにはシステム化が必要だと考えフランチャイズモデルを検討するようになりました。麺、タレなどのメイン商品だけでなくサイドメニューまでパッケージにした匠のブランド商品の開発、教育システムや物流網を作り上げ、2017年にはオランダやベルギーでFCシステムをスタートしました
――ブリックニーヨーロッパの事業内容や規模感を教えてください。
佐伯春彦:ブッリックニーヨーロッパはドイツのデュッセルドルフで、ラーメン店、焼鳥居酒屋、焼肉屋、トンカツ専門店など様々な業態の日本食料理店を14店舗経営する会社です。グループ企業としてフランチャイズ事業を中心に食材の供給を行うTAKUMI Food Service GmbHと、グッズ販売やメディア関連を運営するBE Media GmbHという系列会社と共に運営しています。三社で協力し、リトル東京プロジェクトと謳い、インマーマン通り界隈の更なる活性化も実行中です。
「匠-TAKUMI-」ブランドは現在16年目を迎え、ドイツ、オランダ、ベルギー、スペイン、イタリア、チェコ、オーストリアにおいて合計50店舗を展開中です。ちなみにその中で最も店舗数の多い都市は、デュッセルドルフとバルセロナ(それぞれ6店舗)、そしてアントワープの5店舗、ブリュッセルの4店舗と続きます。
現在、Brickny Europe の従業員数は、本社のオフィスと飲食店のスタッフを合わせて200名弱で、フルタイムとパートタイムの割合は五分五分です。ここ数ヶ月で2019年のコロナ前の売り上げの数字は超えつつありますが、どの業界でも同じと思いますがスタッフ不足の状況が続いており、営業時間の短縮や定休日を設けて対応している現状です。
今年の1月〜3月の売り上げはコロナの影響が残り利益が出せませんでしたが、4月から徐々に回復して夏~秋場をピークにリトル東京は盛り上がりを見せてきています。
コロナ禍の影響による人材不足、賃金の引き上げ、そして、光熱費の高騰やインフレなど今後も課題がありますが、「海外で食べられる日本人がおいしと思う日本食」をコンセプトに、日本人にとっては懐かしくほっとする、日本人以外のお客様にはリアルな日本の食文化を体験していただき感動していただく、をモットーにチーム一丸での努力でこのような状況は乗り越えられると信じています。
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――御社のフランチャイズモデルについて教えてください。
佐伯春彦:フランチャイズモデルにはさまざまなタイプがありますが、当社の場合は匠の看板の貸与、ブランド、商品などを販売するためのいわゆる加盟金をいただく契約をし、当社からは安定した食材とノウハウを提供するというものです。例えばオランダの店舗の場合、彼らは自由にお店を作り、人を採用し、現地の方にマネジメントが委ねられています。一般的には売り上げの5%等ロイヤリティを月々いただくというケースも少なくはないのですが、欧州においてはこのようなシステムは管理が難しいと判断し、ソフトな縛りな商品の供給を売り上げベースにした契約のFCシステムで運営しています。
――ビジネスパートナーと仕事をする上で大切にされていることは何ですか?
佐伯春彦:第一に、ラーメンが好きな方、というか匠のラーメンが大好きな方。やはり好きな物は愛情をもって一生懸命営業できると思うので、「一緒に匠のラーメンを世に広めたい!」というパッションがあると嬉しいです。第二に食文化も日本文化の中の一つなので、日本文化を大事にしてくれる方です。商品だけでなく、おもてなしの感じられる接客や雰囲気も含め日本の食文化だと思っています。逆に飲食店での経験は問いません。当社は独自のトレーニングプログラムを用意しており人材育成のノウハウがあるので、その点に関しては安心して挑戦していただければと思います。
――ラーメン屋とチェーン店は相性が良いのでしょうか?
佐伯春彦:ラーメンは納得のいくレシピが完成するまでは試行錯誤の繰り返しで多大な時間を要しますが、食材さえ安定して供給し調理マニュアルを作成すればオペレーションを伝授しやすいというメリットがあります。言い換えれば、麺の茹で時間、スープの量、温度、タレや調味料、トッピングなどを厳密に作り上げ、その分量と時間を守れば失敗しにくい特徴があります。一方で寿司屋は経験を積んだ職人の存在が非常に重要です。同じような理由で、当社の居酒屋業態「串亭」も、各都市での展開を望んでいただく声は多数あるのですが、マンパワーに大きく左右されてしまうため実は店舗展開しにくいジャンルです。
――ドイツや欧州において、日本食レストランのチェーン店が少ない理由は何だと考えますか?
佐伯春彦:日本発の外食企業は、ここ20年で、バンコク、香港、上海、シンガポールなど、主にアジアへ進出しました、米国への出店も視野に入れる企業は少なくありません。ところが、欧州はほとんど聞きません。欧州は世界地図上で見る距離や実際の距離以上に遠いイメージなのだと思います。日本人は他言語が苦手で、「ドイツではドイツ語」、「イタリアではイタリア語」と身構えてしまい、英語が通じやすいアジアやアメリカを足掛かりに進出する企業が多いのはそんな理由もあるように思います。
他にも、法律上で言うとEUによる日本産食品の輸入規制が厳しく原則肉類や魚類の輸出が禁じられています。これに対し米国やアジアには、週7回、日本の食材や築地市場から新鮮な魚が運ばれることが多い。そこもやはりネックになっているのだと思います。
――それでも、日本の飲食業界にはぜひチャレンジしてみてほしいですね。
佐伯春彦:最近は日本貿易機構(JETRO)主催の、日本やオンラインでの講演会等に呼んでいただいたり海外進出に関心のある飲食店のオーナーや企業とお話しする機会が増えています。僕の実感として、欧州市場にチャレンジする企業数は今後2、3年で増えてくると思います。日本人は、ロールモデルがあると安心します。誰かがやっていると「自分もやってみよう」と勇気が出るのです。僕らが目指すリトル東京のコンセプトとしても実力や経験が豊富な企業にどんどん進出していただければ、街はますます本格的なリトル東京になり盛り上がると思っています。
“育ってきた環境が違う、異なる食文化を持った方々に受け入れられるためにはどうしたらよいか”
――今やドイツ各地に「匠-TAKUMI-」ブランドがあります。成功の理由はどう捉えていますか?
佐伯春彦:人の性格は天気や気候に非常に影響されます。暑い国と寒い国では国民性やキャラクターが異なるように、食べ物も寒い国の方が塩辛かったり暑い国は脂少なめだったりとそれぞれ特徴があると思っています。
匠のラーメンは、札幌ラーメンがベースです。北海道とドイツは緯度がほとんど同じですよね、ビールなんかもそうですが緯度が似ていると食や文化も似ると言われているので、僕は当初ドイツなら札幌ラーメンベースいけるのではないかと思いましたのでこの選択に迷いはありませんでした。
麺も札幌の西山製麺さんに特注麺を製麺していただき、共に益々のラーメン文化の発展に向けて日々努力しています。
ただ実は現在1から100まで日本のままのラーメンを提供しているというわけでもありません。育ってきた環境が違う、異なる食文化を持った方々に受け入れられるためにはどうしたらよいか?どうすべきか?麺と具材のバランスや好まれるトッピング、香味油の種類や分量、近年のベジタリアンの増加への対応、若年層のスパイシー料理のブーム等々、僕なりに分析し考え実行してきました。今思えばオープン当初は10~20%程度のローカルのお客様しかいませんでしたし、多くのお客様がお寿司屋だと思い込み来店し、メニューに寿司が無いので怒って退店する、の繰り返しでした。おかげさまで今は各店舗ローカルのお客様が90%以上にまで安定しましたし、各店舗行列をいただくまでに認知されて本当にありがたいことです。
――匠のカップヌードルも販売されていますよね。
佐伯春彦:そうですね、日清食品とのコラボカップヌードルは、業務用卸はTAKUMI Food Serviceで、小売りはBE Media Company社のオンラインマーチャンダイジング部門にて販売しています。匠のブランドの味を家でも楽しんでもらえるようにと企画開発された商品ですが、コロナ禍のロックダウンのタイミングにドンピシャとはまり、おかげさまで販売目標も早々にクリアしまして、今も各国の匠のレストラン内や街の小売店で販売されたりデュッセルドルフのお土産としても人気です。
また、昨年6月には、ユニクロとのコラボ企画も実施しました。匠の店舗に来店いただきラーメンを注文していただいた方に対してユニクロエコバッグのバウチャーをプレゼントし、逆にユニクロの店舗でお買い物した方には匠の餃子のクーポンが渡される、というものです。そうすることで双方のファンが其々倍になるという企画でした。ちなみに匠の従業員が勤務中に着用しているT-シャツもユニクロ製です。夏場はキッチンが40℃度近くなることもあるので汗を吸収し素早く乾かす「エアリズム」を着ています。こういったT-シャツは店舗やオンラインで一般向けにも販売しており売れ行きは非常に好調です。
――今後のビジョンについて教えてください。
佐伯春彦:ドイツにはいろんな国の方が「売れるから」という理由で、なんとなくお寿司やラーメンのレストランを経営しているケースも少なくありませんが、僕にはやっぱり現地の方々にリアルな日本食を食べてほしいという思いがあります。ドイツの方が、例えば日本食を謳うレストランで初めてラーメンを食べてみて「美味しくない」と感じてしまったらラーメンという食事は美味しくないという認識になるでしょう。初めて食べるお寿司がスーパーマーケットで買ったものだったら同じような印象を受けるでしょう。それでは正しい食文化の伝達とは言えません。できるだけ本格的な日本食を知ってほしいですね。勿論伝統的な日本食をベースからの発展やフュージョンはありですが、やはり日本人が食べて美味しいと思える日本食を欧州に伝えたい。これが、僕の創業以来のモチベーションです。
そして、これからは、「食」の域を超えて日本文化の魅力を伝えていきたくて、2年前に、「リトル東京プロジェクト」を始動しました。デュッセルドルフ市や様々な企業を巻き込んでデュッセルフをより観光地として盛り上げていこうというものです。これまでも週末を中心に多くの方が日本食やコスプレなどを楽しみにデュッセルドルフを訪ねていますが、今後は更に幅広い日本の文化の伝達、日本に関連するイベントやカラオケやゲームセンターなどのエンターテイメントを通してさらに沢山の人が集まる場所にしていきたいです。もちろん今までの経験値とは違った業態ですのでハードルの高さはありますが、なんにしても一度きりの人生、どんなことでもチャレンジしてみたいと考えています。
ここ最近ではインマーマンシュトラッセの通り名の看板がカタカナ表記で飾られたり、グーグルで街を検索すればLITTLE TOKYOと表記されるようになったり、と確実に街は変化してきています。デュッセルドルフ市や商工会議所、インマーマン通りの企業の方々のご尽力で来年の春にはインマーマン通りに桜の木々を設置することになるようです。リトル東京での買い物や食事の合間に素敵な日本の花見文化も楽しんでいただけることでしょう!