ドイツのビジネスSNS「XING」の創業者で、テクノロジー投資家であるラース・ヒンリヒス氏は、普段から本業でアートに関わっているわけではありませんが、チームラボは特別です。日本発のアートコレクティブの魅力をドイツに届けるために、カレン・ブロックマン氏と二人三脚で、デジタルアートミュージアムの設立の準備を進めています。設立の経緯から、私たちが新しい美術館に期待できることまで、J-BIG編集部がお話を伺いました。
—-ヒンリヒスさんは、ハンブルグのデジタルアートミュージアムの創設者ですが、チームラボとの協業はどのようなきっかけで実現しましたか?
ヒンリヒス氏:2016年、南フランスのマーグ財団美術館で、はじめてチームラボのアートに出会いました。その瞬間、私は大きく心が揺すぶられ、ワクワク感に満ち溢れていました。そして、数週間後、東京にある森美術館を訪れる機会があり、チームラボの2つの展覧会に足を運びました。それ以来、私はファンであり、この類のアートにすっかり魅了されてしまいました。
—-ブロックマンさんは、マネージング・ディレクターとしてデジタルアートミュージアムの運営を任されています。ヒンリヒスさんには、どう説得させられましたか?
ブロックマン氏:ラース・ヒンリヒスと話していると、言葉の端々から、このプロジェクトに対する熱い気持ちが感じ取れました。そして、彼はその熱意を、私だけでなく、全てのチームメンバーに伝えてくれていました。このプロジェクトには皆非常に期待しています。私は、マネージング・ディレクターとしてこのプロジェクトを担当する機会を得られたことをとても嬉しく思っています。素晴らしいものが実現すると確信していたので、説得の必要はありませんでした。
„ デジタル化が可能なものは全て、いずれデジタル化されると確信しています。この点で、この発展がアートシーンにとどまらないのは、理にかなっていると思います “
—-チームラボのアートコンセプトがビジネスの観点からも成功すると確信された理由を教えてください。
ヒンリヒス氏:私は、典型的な美術館の館長ではありませんが、デジタル時代、つまり新時代のアートであるということに非常に刺激を受けました。短期的な流行とは関係のない、肌で感じ体験できるアートであることが重要なことだと考えています。「チームラボ・ボーダレス」の展覧会について聞いたことやインスタグラムで写真を見たことがある人は大勢いますが、実際に現地で体験したことがある人はほんの一握りです。この展覧会では、来場者が作品に触れて、対話することができるのです。この没入感のあるアートこそ、本当に新鮮で、刺激的です。そう感じるのは、私だけではないことに気付きました。
東京の「チームラボ・ボーダレス」を初めて訪れた際に、美術館から出てくる人たちをよく観察しました。そこで気付いたことは、みんな笑顔で帰っていくことです。本当に長い時間立って眺めていたのですが、例外なく全ての来場者が高揚しているように見えました。それだけでも特別なことであり、私が経験したことは単なる個人的な感情ではなく普遍的な経験であるという確信を深めました。
私は、デジタル化が可能なものは全て、いずれデジタル化されると確信しています。この点で、この発展がアートシーンにとどまらないのは、理にかなっていると思います。特にチームラボによるデジタルなアプローチは非凡で、テック業界の起業家である私のアイデンティティに近いものを感じたので、この経験をハンブルクで実装したいと考えました。
—-ハンブルグをこのプロジェクトの最適な拠点として選んだ理由を教えてください。
ヒンリヒス氏:まずは、個人的な動機ですが、ハンブルクは私の故郷であり、いつもベルリンへ行かなければならないことも悩ましいところでした。しかし、真面目な話、このようなプロジェクトには、ハンブルグはさらにエキサイティングな都市であると確信しています。ハンブルクの約350万人に対して、ベルリンでは約500万人が活動している反面、膨大な数の美術館やイベントもあるので、その半数はお金をかけてまで訪れようとは思わないかもしれません。デジタルアートミュージアムによってハンブルクのアートシーンを盛り上げ、ハンブルクに住む人々、そして毎年訪れる何百万人もの観光客の両方にアピールできればと思います
—-ハンブルグのプロジェクトは、具体的にどのようなコンセプトなのでしょうか。すでに明らかにされていることを教えてください。
ヒンリヒス氏:デジタルアート美術館は、ハーフェンシティに位置し、7000平方メートルの面積を持つ予定です。デジタルアートの美術館としては、ヨーロッパで最大規模のものとなります。これはチームラボにとっても新しい経験で、例えば森美術館のような条件に合わせるよりも、当然ながらはるかに自由度が広がります。同時に、デジタルアート美術館は、アジア以外では初めての本当に大きな、そして何よりも常設のチームラボの展覧会となり、私たちはそのことをとても誇りに思っています。
ブロックマン氏:美術館のコンセプトは、東京・お台場の「チームラボ・ボーダレス」がベースとなっています。しかし、ここで展示される作品やインスタレーションは、ハンブルクのためにキュレーションされたものであり、私たちの新しい建物に合わせて多少修正したものでもあります。そのため、東京の展覧会をご存知の方にも、デジタルアートミュージアムで楽しい時間を過ごしていただけると思います。静的なものではなく、常に進化し続けるものであることがチームラボのアートの素晴らしいところです。作品と技術の双方から、展覧会は何度でも変わっていくでしょう。
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—-チームラボをまだ知らない人に、この素晴らしい体験をどう伝えていく予定ですか?
ブロックマン氏:それはとても難しいことです。自分自身がどれだけ興奮し、情熱をもって話をしたとしても、言葉にすることはほぼ不可能です。アートシーンにおいては、チームラボは既に確立された存在なので、その点は少し楽です。しかし、一般社会、特にアジア以外の地域では、彼らはまだほとんど知られていません。その点、写真や映像は非常に役に立ちます。「写真は千の言葉より雄弁に語る」という表現がありますが、その通りだと思います。私の友人や家族もそうでした。インスタグラムは、私たちにとって重要なコミュニケーション・チャンネルであり、既に開設の段階に入っています。もちろん、実際に体験していただくことに越したことはありませんが、写真を見ていただくことで、イメージは湧くのではないかと考えています。
—-デジタルアートミュージアムの内容を特によく表しているインスタレーションやプロジェクトはありますか?
ブロックマン氏:メインビジュアルのようなものはウェブサイトにも掲載しており、この質問は自分たちに対しても問いかけていますが、明確な答えはまだ出ていません。実際に東京で展覧会を訪れた方は分かるかもしれませんが、多くのインスタレーションが交差し、全体を体験することに意味があると思っています。全体を体験し、作品に身体を委ね、自然と笑顔が浮かんでくるということこそが特別なのです。ハンブルグのために、私たちはインスタレーションのキュレーションを慎重に行いましたが、どれも気に入っています。
—-アートが好きな人、テクノロジーが好きな人など、デジタルアートミュージアムのターゲットはどういう人ですが?
ブロックマン氏:私たちはウェブサイトにおいて、0歳から120歳までの来館者をターゲットとしていると記載しています。これは事実です。チームラボのアートの大きな強みは、世代や文化を超えた普遍的なものであることです。美術史を学んだり、インスタレーションの背景にある技術を理解したりしなくても、感動を味わうことはできます。この類のアートは、誰かを排除するものではありません。小さな子供を説得して美術館に連れていくことはなかなか難しいですが、デジタルアートミュージアムはそうではありません。例えば、インタラクティブなキッズエリアがあり、小さな子供が自分のアートに命を吹き込むことができます。また、他の美術館と違い言葉の壁もないので、外国人観光客にとっても非常に魅力的な美術館です。デジタルアートミュージアムは、あらゆる面で親しみやすいのです。おじいさんが孫を連れて美術館を訪れてくれることほど、嬉しいことはありません。
ヒンリヒス氏:初年度に、70万人の集客を計画しており、達成できると確信しています。現在、2024年の開館に向けた先行販売が行われており、すでに最初の1,000枚のチケットが販売されています。入場料は大人19.90ユーロ、子供や学生は9.90ユーロと、他の美術館のように実質無料というわけではありません。しかし、その価格に見合った体験ができることに、きっとすぐに気付いていただけると信じています。チームラボを知っている人は、実際にそう感じているようです。長期的には、デジタルアートミュージアムがハンブルグの主要観光スポットのひとつになればと願っています。言い換えると、ハンブルグへ観光しにきた全ての人が、エルプフィルハーモニーやミュージカルと並んで、必ずこの美術館に足を運びたいと思うってくれるようになれば嬉しいです。
—-このプロジェクトに投資した資金について教えてください。
ヒンリヒス氏:このようなプロジェクトは適切な設備投資があって初めて実現できるものです。完全に新しい施設の建設、展示に必要な技術だけでも約1,000万ユーロを投資しています。全部で4,000万〜4,500万ユーロの投資をお願いしています。もちろん大きな投資ですが、心配はしていません。そして、私にとって資金面以上に重要なことは、このアート体験を欧州、特にハンブルグで実装することです。
—-アイディアからプロジェクトへ進化したプロセスを教えてください。チームラボに直接連絡されたのでしょうか?
ヒンリヒス氏:外国からの問い合わせは、やはりメールが現在も最も効果的です。私が概要を説明すると、比較的早く、チームラボの国際的な代理店であるペースギャラリーから連絡がありました。私の要望より詳細に説明すると、今度はペースギャラリーがチームラボに、このようなプロジェクトのための資金の準備もできている人からの真剣な相談が届いていることを伝えてくれました。これが、2017年の出来事です。それ以降、チームラボと直接やり取りをするようになり、現在に至るまで一緒にプロジェクトを進行しています。
—-このプロジェクトにおける、チームラボとご自身のそれぞれの役割について教えてください。
ヒンリヒス氏:アーティストとの連携は常に共同的なものですが、もちろん、ある程度は個々の責任も伴います。作品のキュレーションは、最終的にはチームラボの手に委ねられますが、何が最も相応しいかなどについては一緒に議論することもあります。一方、ハンブルグという拠点を機能させ、この街が最適である理由を説明することやアーティスト集団を納得させることは、明らかに私たちの仕事です。チームラボのメンバーがハンブルグを訪れてくれたとき、世界最大級の都市開発プロジェクトであるハーフェンシティのアイデアにも興奮していたと思います。
同様に、新開発の場所は市が所有する土地だったので、2019年に、ハンブルク市長が東京のチームラボを訪問する出張旅を企画し、そのまま現地で契約が成立しました。
—-契約成立から間もなく新型コロナウイルスが全世界を襲いました。計画にはどう影響しましたか?
ヒンリヒス氏:まず、パンデミック発生時の対応を明確にするため、契約書に一節を追加することになりました。しかし、私たち起業家は、概して楽観主義者で、テクノロジーで稼いできた人たちは、常にテクノロジーが私たちを救ってくれると信じています。2021年ではなく、2022年、2023年、2024年と開館がどんどん延期になることは明らかでした。もちろん互いに日本やドイツをなかなか訪問できかったことは残念でしたが、協力関係は非常に良好だと思っています。Zoomを通して、美術館をつくるというのは、私たちにとっても新しい経験ですが、なかなかうまくいっていると思います。
—-デジタルアートミュージアムの開館は、少なくとも2年先です。既にチケットを購入されているお客様には、どのような対応をとっていますか?
ブロックマン氏:早期にチケットを購入してくれださった方が必ず報われるようにしたいと考えています。現在は、2024年12月31日の仮日程が一旦全てのチケットに記載されていますが、オープン前に早期購入者にアプローチし、この仮日程を正式な日程に変更する予定です。現時点で特定の日程を指定することは意味がないのですが、早期購入者にはオープン後1カ月以内の入場を保証します。
„「これは本当にアートなのか」という議論は、残念ながらドイツではある程度起こり得ることだと思っています “
—-ドイツでは、こういった大規模プロジェクトが計画よりも長引いてしまったり高額になってしまったりすることがよくあるようです。デジタルアートミュージアムが、当時のエルプフィルハーモニーと同じような運命を辿らないようにするには、どうしたらいいと思いますか?
ブロックマン氏:おっしゃるとおりです。私たちは、エルプフィルハーモニーを心から愛していますが、あらゆる計画の延期はもちろん理想とはほど遠いものでした。今回のケースの大きな利点は、ヒンリヒス氏が施設のオーナーであり、唯一の投資家であるということです。この確実な資金調達のおかげで、パートナーも不安になることなく、スケジュール通りに進めることができるのです。また、最高の協力関係を築くためのパートナーも探しました。私たちは、計画のスケジュールを守るために全力を尽くしてきましたし、今後もそのつもりです。これまでも、コロナ禍とはいえ、順調に進んでいるので、次のステップも同じようなスピードで進められると確信しています。現在は建設計画の段階であり、今年中の着工開始を目指しています。建設会社とは緊密に連絡を取り合っており、現時点では全て計画通りに進んでいます。
—-現地のアートシーンからチームラボのコンセプトに対する批判や疑問の声はありますか?
ブロックマン氏:「これは本当にアートなのか」という議論は、残念ながらドイツではある程度起こり得ることだと思っています。私たちは、この議論に喜んで参加しますが、完全に疑ってかかるのは、私の目には間違ったアプローチと映ります。 幸いなことに、ドイツや欧州では、日本に関する多くの事柄が、特に革新性や美学に関して、非常にポジティブなイメージを持っています。そのおかげで、受け入れられやすくなっている一面もあります。
—-このような大規模な異文化間プロジェクトでは、ドイツ人と日本人のメンタリティの違いも浮き彫りになりがちです。チームラボと連携する中で、それを意識することはありますか。
ブロックマン氏:文化の違いを意識することには賛成です。日本は欧州ではないし、欧州は日本ではありません。どちらが良いとか悪いとかではなく、ある意味「異なる」だけなのです。しかし、幸いなことに、共通のビジョンを持ち、同じゴールを目指して仕事をすれば、最初から驚くほど建設的で前向きな協力関係を築くことができます。さらには、ドイツ側にも日本人のチームメンバーが在籍してくれているおかげで、言葉や文化の壁を乗り越えていくことができています。日本側とは毎週電話会議をしているので、コロナ禍にも関わらず、交流は非常に盛んです。
私たちにとって、ここまで本当に気持ちの良い協力関係を構築し、この素晴らしいプロジェクトを一緒に実行できることを楽しみにしています。他のテーマであればまた違うのかもしれませんが、このプロジェクトにおいては、異なる国籍同士で一緒に取り組んでいる感覚さえもありません。会議は、要領よく効率的に進めることを心がけています。日本的なのことなのかもしれませんが、ハンブルク的なことでもあります。私たちは明確なアジェンダを持ち、可能な限り早く進めるために協力し合っています。チームラボと一緒に美術館をオープンすること、そしてその後を本当に楽しみにしています。