ドイツ国内における無数のバスルームを彩るサニタリーソリューションを展開するGROHE社(以下:GROHE)が、2014年に日本の株式会社LIXIL(以下:LIXIL)の完全子会社となったことは、実はあまり知られていません。この二社の協業を、LIXIL EMENAの常務役員を務めるヨナス・ブレンヴァルト氏は「前向きな変革」と捉えています。今回のインタビューでは、ブランド戦略についてのお話や、日独の組織文化をどのように融合させているのか、そしてGROHEとLIXILの今後の展望についてお話を伺いました。
――ドイツではGROHEと比べて、その背後に存在する親会社LIXILは広く知られていません。まずは、二社に共通する歴史について教えてください。
ヨナス・ブレンヴァルト氏:LIXILは、2011年に日本の主要な建材・設備機器メーカー5社が統合して設立されました。このようにとても若い会社ではありますが、その前身である会社に目を向けるとそれぞれ長い歴史と伝統があることがわかります。この統合は大成功しましたが、当時のLIXILは日本国内での売上がほとんどでした。そこで、グローバルな事業展開を進めるための基盤となる強力なブランドを求めて世界中を探し回った結果、2015年にドイツのGROHEを完全子会社化しました。LIXILは、信頼性の高い15のブランドを傘下に収め、非常に幅広い製品ポートフォリオを展開しています。現在、世界中で毎日約10億人の人々に私たちの製品をご愛用いただいています。私はLIXIL EMENAの常務役員として、日本に次ぐ最大の市場である欧州・中東・北アフリカ地域を担当しています。
――この買収がGROHEにとって魅力的だった理由は何ですか?
ヨナス・ブレンヴァルト氏:私がGROHEに入社した2012年当時、GROHEは「安く買って、高く売る」という考え方が一般的であるプライベート・エクイティ(PE)の環境下にあり、2年先を見据えた計画を立てることが難しい状況にありました。GROHEはすでに10年間、プライベート・エクイティ企業に所有されており、国際的且つ持続的に事業を拡大させるために成すべきことが山ほどありました。それらを果たすために、GROHEは、ブランドの長期的な強化と成長を促す新しいオーナー、つまり競争力のあるグローバルブランドに発展するための手助けをしてくれる企業とのパートナーシップを求めていました。今回の買収により、私たちはEMENA地域においてより長期的な視点を持って話を進めることができるようになりました。生産能力や機械設備、長期投資において妥協する必要がなくなり、手の内をすべてさらけだして、新たなビジネスチャンスを掴む方法について話し合えるようになったのです。まさに、win-winな関係です。GROHEは、LIXILの傘下に入ったことで、より強力なブランドとなりました。
――ドイツの典型的な家族経営のGROHEと日本の大手企業LIXILの組織変革はスムーズに行われましたか?
ヨナス・ブレンヴァルト氏:LIXILの日本企業らしい様々な側面はとても有利に働きました。例えば、長期的思考は、私たちが期待していた効果であり、日本のビジネスカルチャーに欠かせない要素でもあります。途中で困難に直面したとしても、データや事実に基づく根拠を証明できる限り、日本企業はたいてい撤退しません。私自身、スイスとスウェーデンにルーツがありますが、実はスウェーデン人のメンタリティもよく似ています。そういう意味でも相性はとても良かったと思います。
一方で、もちろん課題もありました。おっしゃるとおり、GROHEは非常にドイツ的な会社で、ドイツ人以外がCEOに就任したのは、創業以来私含めて二人だけです。それは必ずしも悪いことではありませんが、グローバルな事業拡大を図るためにはより国際的な企業文化を築く必要性を痛感しました。これはLIXILによる買収以前からの私の最初のイニシアチブでもありました。また、間違いなくLIXILのグローバルな志向にも救われました。同社には日本的な伝統も色濃く残っていますが、経営陣には留学や仕事を通して世界各地で知見を得た方々が揃っています。それゆえ、単純に組織風土がドイツ文化から日本文化へ移行したわけではなく、両者の間を取ったというイメージでしたね。
――GROHEが国際的な企業文化の確立に成功した秘訣は何ですか?
ヨナス・ブレンヴァルト氏:私が大切にしている気づきは、外国人と交流する際に自分の習慣や思い込みを自己批判的に問うということです。例えば、ドイツ人が日本をはじめとする異なる文化的背景をもつ経営者と接するときに「ドイツのやり方はこうだ」と言ってしまう傾向があるように感じます。それはそれで正しいわけですが、日本人経営者は必ず説明を求めます。相手を信じていないからではなく、理解をしたいからなのです。「現地ではどう違うのか?」、「それはなぜなのか?」、「その背景にある事情とは?」、「ファクトはあるのか?」などのように情報を深掘りする日本人の姿勢は、自分が正しいと信じて疑わないドイツ人社員などにとっては、耳が痛いかもしれません。
私はチームメンバーに対してこのような例え話をすることがあります。「水上を歩くことに成功した人がいたとします。その人の体験談は本として出版され、ベストセラーとなりました。しかし、その後も水上を歩くことに成功したという人は現れませんでした。」と。LIXILでは、全社員が同じ環境下の一員であり、そこにはGROHEも含まれています。他者との間に壁を作ることではなく、協力し合うことが私たちの仕事です。衝突の原因となる問題がいくつかある場合は、その問題を順番に片付けていきましょう。まずは社内で分析し、より良い対処法を謙虚に提案することが大切です。人を指差すとき、三本の指は自分の方を向いていますよね。以前、私たちは、自分が正しいと思い込んでしまうこともありましたが、現在は「どこが悪かったのか」や「何が悪かったのか」を考える報告会をこまめに実施するようにしています。
――LIXILとGROHEの関係をどのように言い表すことができますか?
ヨナス・ブレンヴァルト氏:LIXILの組織は、グローバルな規模から個々のブランドや会社単位まで、非常に分散化されています。また、社内にヒエラルキーがさほどないことも、スウェーデン人である私の性格とうまくマッチしています。
各地域には、それぞれの市場を担当するリーダーチームがあります。これは各社が成功戦略を定める際の自由度を高めるための制度です。LIXILは、消費財メーカーのP&G社と境遇が似ています。同社は、カミソリブランドの「ジレット」やバッテリーブランドの「デュラセル」など、多くの有名ブランドを買収し自社のポートフォリオに統合していますが、この文脈でP&Gの社名が登場することはありません。一方、サポートが必要な際には本社と連絡を取り合うことが十分可能なのです。非常に利益にかなう組織風土であると私は考えます。
LIXILは、ダイバーシティやインクルージョン、アジャイル・リーダーシップなどのテーマにおいて、他の伝統的な日本企業のみならず、多くの欧州企業の一歩先を見据えていると思います。これらのテーマごとに明確な目標を設定されており、その取り組みについては主に日本本社から世界に向けて発信されています。
――LIXILとGROHEの各ブランドの市場での位置付けは明確ですか?それとも競合することもありますか?
ヨナス・ブレンヴァルト氏: LIXILのポートフォリオの強みは、個々のブランドに注目すると見えてきます。基本的には、地域ごとにそれぞれ代表的なブランドが存在し、EMENA地域ではGROHEがそれに当たります。他にもブランドが存在していても、少なくとも現在は欧州における戦略として1つのブランドのみを重点的に位置付けるようにしており、ブランド間の明確な差別化を図っています。そうすることで、自分で自分の首を絞める状況にならずに、最終消費者などのお客様のニーズをカバーすることができます。私たちは、内部競争の有無が当社に与える効果を見極めることは得意ですが、必ずしも新たなブランドを市場に普及させることに関心があるわけではありません。
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――GROHEの2020年度以降の広報活動において、LIXILが登場する頻度が増えたように感じます。戦略転換について教えてください。
ヨナス・ブレンヴァルト氏: LIXILに買収されてから、GROHEは以前と同じ会社ではなくなりました。GROHEはブランドであり、LIXILはその裏にある会社です。ですから、私たちがLIXIL EMENAであること、そしてGROHEはもちろん非常に重要ではありながら、組織の中の1つのブランドに過ぎないことを、時間をかけながらますます積極的に主張していく予定です。最近は、LIXILがどのような存在で、GROHEブランドにどう貢献しているのかを説明するところから始めています。
例えば、GROHEの製品ラインには、LIXILの技術を導入していますが、これらの製品の開発を私たちの技術だけでは到底できなかったと思います。なぜなら、投資額に対するリターンが不確かだからです。今では、LIXILの既存の技術を活用してむしろGROHEのデザインに加えることさえ可能になったのです。しかしLIXILの技術が郵便で届きデザインに組入れるような簡単な話ではなりません。当社には、新しいプラットフォームを開発する際に必要な情報を提供してくれる独自のデザイン部や研究開発部がグローバル規模で存在します。私たちの目標は間違いなく、最初から開発やデザインのプロセスに参入し、どんどん自分たちを巻き込んでいき、常に挑戦し続けることです。このブランドアイデンティティはとても個性的なので、妥協したくありません。LIXILの全ての技術がGROHEの製品ラインに採用されるわけではなく、どの技術ならGROHEブランドの向上や発展に役立つのか、私たちは普段から慎重に判断しています。
また、LIXIL傘下の製品やブランドをEMENA市場に導入することに意義があるかどうかも常にチェックしています。社員らが苦労して確立した歴史あるGROHEブランドを危険にさらしたくはないので、非常に慎重に厳選された製品のみを導入するようにしています。一方で、GROHEブランドを拡張させるには、LIXILが長年培ってきた高い技術力が欠かせないことも確かです。
――どのような技術が挙げられるのか教えて下さい。
ヨナス・ブレンヴァルト氏:残念ながら最新のプロジェクトについてお話しすることはできませんが、これから面白くなる予感がしています。一つ言えるのは、私たちのポートフォリオにある、LIXILなしには実現できなかったであろう技術です。例えば、GROHEブランドとしてはじめて発売したシャワートイレ。これは、完全にLIXILの技術を用いて、GROHEのブランドアイデンティティに合わせてデザイン部と相談しながら開発した製品です。このプロジェクトは、両社で一つの製品を開発することの突破口となりました。シャワー技術も似ています。ダイヤル一つでシャワーのカスタマイズが可能になる「スマートコントロール」もLIXILの技術によるもので、私たちの研究開発チームはデザインに合わせていくつかの部分を調整するだけでした。当社は、新しい製品の開発を検討する際には、まずグローバルなLIXIL製品群の中で、EMENA地域に適用できるものがないかを常に頭の隅に置くようにしています。
GROHEの本業とは関係のない製品を活用することは、LIXILがドイツ市場に参入するためのもう一つの方法として考えられます。日本には、建材や窓、ドアなど欧州では一切販売されていない製品もまだまだたくさん存在します。既に参入を検討している可能性もありますが、その場合はLIXILのブランド名を使うことになるでしょう。ブランドの認知度が事業に大きく貢献すると考えられる場合は「GROHE」の名前が使用されます。
――日本では日常生活の一部であるシャワートイレは、欧州ではまだまだ珍しい存在です。ドイツ市場への参入が難しい理由を教えてください。
ヨナス・ブレンヴァルト氏:まず、シャワートイレというのは欧州において目新しいコンセプトであり、このソリューションを提供している企業はさほど多くはありません。新しい技術を人々に受け入れてもらうには、常に時間がかかりますし、人々の行動を変えるには大きな投資が必要です。とはいえ、ここ数年で、当社のシャワートイレの売上は劇的に変化しています。人々がこの技術を認識するようになると、効果も実感できるようになります。また、既にいくつかの企業が市場に参入してきているのも事実です。
一方で、トイレや衛生問題についての考え方は、文化や慣習と深く結びついています。LIXILのシャワートイレの技術はもともとスイスで開発されたもので、消費者向けではなく、医療福祉向けの製品として位置づけられていました。それゆえ、セラミックメーカーがこの技術のノウハウに注目することはほとんどありませんでした。また、日本と欧州では、トイレの捉え方が異なります。100年前、トイレは森や小屋に建設されていました。基本的には同じコンセプトを家の中に移し、水洗を追加したのが現在の欧州のトイレです。日本では体を清潔に保つプロセスにトイレも含まれており、この条件を満たす唯一のトイレがシャワートイレなのです。つまり、考え方が根本的に異なります。意識改革は容易ではありません。すぐにできることでもありません。しかし、私たちが良い方向に進んでいることは確かで、必要な投資を惜しまなければ、非常に大きい市場のポテンシャルがあります。今後の事業計画は明確で、どの企業がここで主導権を握り、ビジネスの展開に成功するか、非常に興味深いところです。
――他にも欧州と日本の消費者が求める製品や技術にどんな違いがありますか?
ヨナス・ブレンヴァルト氏:技術面に関しては基本的にはさほど要求の違いはありませんが、水流や水質などの外的要因による要求の違いはあります。例えば、蛇口から直接水を飲めない市場であれば、何らかのフィルターシステムが必要になります。また、ハンドルやシャワーヘッドの最適な大きさなどといったデザインの違いは、その市場における主流のブランドやその地域特有の文化によっても変わってきます。しかし、技術自体は基本的によく似ています。
――欧州ではまだ販売されていない、ご自身のお気に入りのLIXIL製品はありますか?
ヨナス・ブレンヴァルト氏:私は、窓の技術とその持続可能性にとても期待しています。実は、LIXILが日本で提供している建材の中には、欧州では手に入らない製品がたくさんあります。その一つがソーラーパネルです。
もちろん、これらの技術を欧州で導入するには、大きな課題があります。住宅産業のインフラが既に確立されているので、最初から市場戦略を明確にしておく必要があります。欧州の弱点は、新しい技術が市場に与えるインパクト小さいことだと思っています。新しい技術の市場への参入が阻止される限り、私たちは私たちが思っているほど偉大ではありません。どうしようもない戦いのように感じることもありますが、エネルギーマネジメントなどの産業の発展に寄与する日本企業の技術や製品ははたくさんあると確信しています。その扉を、私たちが開いてあげるべきなのです。