SMC株式会社(以下:SMC)は、オートメーションを支える空気圧技術のソリューションを提供するメーカーで、ドイツ国内の顧客と密接に連携しながら開発や製造を行っています。今回は、同社のドイツ法人のマネージングディレクターを務めるラルフ・ラーバー氏、営業責任者のクリスティアン・ツィーグラー氏、オペレーション責任者のパスカル・ボルジアック氏の経営陣3名へのインタビューを通して、SMCが持続可能な企業である理由や日本の「無駄」という概念が企業文化に与えている影響を探りました。
――まずは、会社の歴史を振り返りましょう。SMCの創業の経緯は何ですか?
ラルフ・ラーバー氏:SMCは1959年に、焼結金属工業株式会社(Sintered Metal Corporation)という社名のもと設立されました。英語では「Sintered Metal」と呼ばれる、いわゆる焼結金属エレメントの製造や販売を中心に事業を展開していました。創業者である高田芳行さんの発想は、当時非常に目新しいものだったのです。
――焼結金属エレメントの用途は何ですか?
ラルフ・ラーバー氏:焼結金属エレメントは、産業界において圧縮空気や油をろ過したり、処理したりするために使用されます。私たちが注目したのは空気です。例えば、エアードライバーなどの空気圧機器を駆動するためには、精製された新鮮な空気が必要です。当社の製品は、空気を圧縮・洗浄・乾燥させ、工具に害を与える粒子や水分を取り除きます。1984年は、焼結金属株式会社からSMC株式会社へ社名が変更された、重要な節目の年となりました。当時既に、焼結金属だけでなく、空圧制御技術全般を扱う会社となっていたからです。同年、上場も果たしました。グローバルに活躍する今日のSMCが誕生した瞬間です。製品ポートフォリオを拡充し、空圧式・電動式共にファクトリー・オートメーション(FA)の世界市場をリードしているSMCには、現在83カ国において約22,000名の従業員が在籍しており、31カ国にて生産拠点を運営しています。
――御社製品の現在の主要な顧客層について教えてください。
ラルフ・ラーバー氏:主に、多様な業界の機械メーカーです。元々は、日本の自動車産業が最大のお客様でしたが、その後、半導体素子を製造するエレクトロニクス産業へと拡大していきました。私たちのお客様は、現在工作機械から包装機、医療機器まで、多くの分野において活躍しています。多種多様に継続的に発展していくことで、新たな製品の開発が行われ、ポートフォリオも拡充していきました。実は、今やSMCの製品が何らかの形で関与していない有名な産業はないということが言えます。
クリスティアン・ツィーグラー氏:現在、ドイツにおいて最も大きな産業は食品包装産業で、私たちの製品は、FAにおいて肝心な役割を担っています。この産業は、ここ数年、国内の自動車製造業を追い越すほどの勢いがあります。
――御社がドイツに進出した時期や経緯について教えてください。
ラルフ・ラーバー氏:日本において、余剰資源や廃棄物などは「無駄」と呼ばれており、そういった「無駄」をなくすことこそ、当社が長年大切にしてきたことのひとつです。私たちの製品群は、モノを小さく軽くすることからドイツ進出に早期に成功し、急成長を遂げることができたのです。1978年に、フランクフルトに事務所を構え、従業員5名でスタートしました。そして、1984年に、エゲルスバッハ(Egelsbach)へ事務所を移転しました。当初はオフィスと小さな倉庫で、生産体制を管理しやすい状況でした。その後、継続的に事業を伸ばしていきました。そして、ドイツにおけるSMCの大きな飛躍のチャンスは、2017年にSMC Pneumatikの名称を、SMC Germanyに変更した際に訪れます。製品ポートフォリオがより一層成長し、さらなる産業に注力することになりました。
――ドイツ法人はグループ全体においてどのような役割を果たしていますか?
パスカル・ボルジアック氏:ドイツ法人は現在、約2億ユーロの売上高を計上しています。したがって、ドイツはグループ全体の売上高の4〜5%程度を占めており、日本、中国、アメリカ、イタリアと並んで、最も重要な市場のひとつとなっています。私たちは、エゲルスバッハに8万平方メートルの土地を購入し、2022年には新しい倉庫と拡張された生産拠点が稼動する予定です。従業員数は735名で、そのうち385名がこの工場で勤務しています。残りの350人の従業員は営業に専念しており、実に強力なチームなのです。
――ドイツ市場において実現されたい目標はありますか?
クリスティアン・ツィーグラー氏:世界的に見れば、SMCはナンバーワンであり、マーケットリーダーです。しかし、ここドイツではまだナンバー2なのです。つまり、マーケットシェアを獲得するべく「攻め」の立場にあり、それは長年順調に進んでいます。私たちはお客様の「パートナー」であるべきだと考えており、それは強みでもあります。当社のエンジニアは、具体的な要求事項をお客様固有のソリューションに変えていくことができるのです。最終的にお客様が80%しか使えないものに対して100%支払わなければならないようなソリューションは提案しません。本当に必要なものだけに対価を払ってもらう。これは日本的な考え方ですが、今の時代によく合っていると思います。
――なぜそう考えていますか?
パスカル・ボルジアック氏:ここでも、日本の「無駄」に対する概念が表れています。誰もがSDGsに関心を持ち、最終的には資源を節約できる方法、持続可能なものづくりをする方法、企業として地球に残す足跡を可能な限り小さくする方法などを、常に問い続けてきたのです。それは、小さく軽くコンパクトで且つ耐久性のあるものを設計・製造・導入することを目的としており、当社の根底にある基本的な姿勢であり考え方なのです。常により高く、より速く、より遠くを目指すべきだというドイツの典型的なエンジニアリングの姿勢とはいささか相反するものです。SMCは顧客の具体的な課題に向き合い、最小限の投入により問題解決を目指す。これは、日本にルーツを持つSMCのDNAであり、アプローチなのです。
――他にも御社を特徴付けるユニークな要素はありますか?
ラルフ・ラーバー氏:SMCはグローバル企業でありながら、ファミリービジネスの文化が残っています。これは、一般的なドイツの大手企業とは大きく異なる点です。パスカルも、創業者の高田芳行さんを経験しています。彼は本当に父親のような存在で、従業員に対してもそう接してくれていました。その一方、私たち、SMCドイツは、日本本社の経営陣から高い信頼を得ています。彼らは「ドイツでのビジネスは、市場を一番よく知っているあなたたちに任せる」ときっぱり言ってくれているのです。また、長期的な視野で考え、行動するようにしています。当社には「hire and fire(雇っては解雇する)」という考え方が存在しません。これは、個人的に高く評価しているポイントであり、他社と差別化できるポイントでもあります。
パスカル・ボルジアック氏:また、「株主価値(シェアホルダーバリュー)」といった言葉は、上場企業でありながら、ほとんど登場しません。これも私たちらしい特徴だと思います。新しい社長が就任し、ポジティブ・クリティカルな意見交換が常々行われています。
――御社では最近、世代交代があったのですね。
ラルフ・ラーバー氏:創業者の高田芳行さんは93歳で引退しました。それまでは、毎日会社に出勤し、やはりあらゆる意思決定していました。息子の高田芳樹さんは、30年間米国でマネージングディレクターを務め、SMCアメリカを立ち上げた後日本に帰国しました。私たちは、以前から日本とは密接に連絡を取り合ってきましたが、コミュニケーションという点では当然文化の違いも感じられます。創業者の高田芳行さんの頃は、やはり日本企業に多いヒエラルキー型の組織の一面もありましたが、その後を継いだ高田芳樹さんは、よりオープンでダイレクトな、どこかインターナショナルでもある斬新なコミュニケーションスタイルを提唱しています。これは、60年間伝統的なスタイルを貫いてきた会社にとって、もちろん新しい変革です。協業においては、今まさに大きな転換期を迎えています。
――日独の協力関係において、価値のあることは何ですか?
ラルフ・ラーバー氏:私は、空港の荷物受け取りのベルトコンベアを例に挙げることがあります。日本で、グランドスタッフがベルトコンベアからスーツケースを丁寧に降ろし、床に並べている光景を見たことはありますか?スーツケースは、丁寧に扱えば、本来長持ちするものなのです。日本本社と一緒に働く上で、このような考え方を常に実感します。モノを大切にし、無駄のない生き方をする。私たちは、日本の文化や価値観から学べることがたくさんあると考えています。
――最近の若いエンジニアが、ドイツの競合他社ではなく、御社のような日本企業に就職するメリットは何ですか?
ラルフ・ラーバー氏:非常に長期的な思考を持つ企業であることが、他の企業との大きな違いだと実感しています。私たちにとってサステナビリティとは、単にCO2の削減を意味しているわけではなく、社風や企業文化の中に深く刻み込まれているのです。サステナビリティが声高に謳われるこの時代、多くの企業が格付けに注目していると思います。しかし、私は、サステナビリティは内部から生まれるものでなければならないと確信しています。私たちのDNAには既に「持続可能な開発目標」が刻まれており際立たせているのです。会社選びは、建物の良し悪しだけでなく、企業文化全体が重要です。
パスカル・ボルジアック氏:SMCは、財務状況も非常に安定しています。ほぼ90%の自己資本があり、生産ラインを2倍、3倍にする必要があっても、自社のリソースですぐに対応できます。そのため、安定性と計画性、そして長期的な視点が担保されています。また、今後数年間はドイツにおいてさまざまな投資を行う予定です。例えば、新しい生産拠点と新しい倉庫を建設する予定です。開発センターも倍増し、研究所のキャパシティも大幅に拡大する予定です。これは、間違いなくエンジニアの目を輝かせるような計画です。グループ全体では、昨年30%もの成長を遂げ、非常にエキサイティングな成長市場にいます。
――創業者の理念についてもう少し詳しく教えてください。
ラルフ・ラーバー氏:高田さんとは2000年頃にお会いしましたが、彼はいつも顧客満足度について話していました。物質的に、そして、金銭的に満足させるだけでなく、お客様と繋がり、良い関係を築くことが、彼にとって非常に重要だったのです。彼は、この考え方をとても大切にしており、私自身の価値観も形成されていきました。深い人間関係がなければ、サプライヤー止まりになってしまいます。一方で、人間関係があれば、長期的なパートナーシップを築くことが可能です。このことは、社員にも伝えるようにしています。なぜなら、長期的に新しいお客様を獲得するには、信頼の基盤を築かなければならないからです。
クリスティアン・ツィーグラー氏:営業の立場としても、その意見には大いに同意します。私たちは、一度関係を築いたお客様を失うことは滅多にありません。つまり、お客様を獲得して、3〜4年後に「パートナーショップの相性が悪い」と言われることは、ほとんどないのです。
――最後に、今後の展望についてお聞きしたいです。
ラルフ・ラーバー氏:私たちは、これからもドイツ法人を成長させます。それが今後数年間の大きなマイルストーンになることは間違いありません。そして、今年もまたカーボンニュートラルであり続けます。持続可能なエネルギー使用に注意を払い、より少ないCO2を補償していかなければなりません。また、生産と物流も拡大していきます。2007年以来、私たちはドイツに独自の技術センターを構えており、お客様の要望に応え、製品開発を行うエンジニアが現地に所在します。ドイツにおいて、このアプローチを拡大し、2030年までにエンジニアのチームを倍増させたいと考えています。そのためにも大学機関ともさらに密接に連携していく予定です。
クリスティアン・ツィーグラー氏:コロナ禍は、デジタルトランスフォーメーション(DX)を大きく加速させました。従来、お客様のもとへ出向いて意見交換をすることに慣れているような、非常に大規模な営業チームを抱えていましたが、現在、私たちは80%オンライン、20%対面という形でお客様と一緒に仕事をしています。パンデミックの間は、現地訪問ができなかったので、その点ではかなり大きな変化がありました。これからは、いかに遠隔からお客様を獲得していくかを考えなければなりません。この変化に合う、社員の教育方法を検討することも、今後数年間の課題です。
ラルフ・ラーバー氏:そして、世代交代を機に起きた、グループ全体のカルチャーチェンジを成功させるためにも、日本本社の同僚たちに寄り添い協力していきたいです。この変革のプロセスをサポートすることで、私たちは日本にいる仲間に対して恩返しできると考えています。互いに助け合うことによって、さらに強い絆が生まれるはずです。