株式会社堀場製作所(以下、堀場製作所)は、第二次世界大戦後に設立された分析・計測機器の総合メーカーであり、瞬く間に欧米の自動車産業向け排出ガス計測機器分野でリードするサプライヤーとなりました。同社は以来、製品ポートフォリオを拡大し続け、現在では幅広い業界に計測ソリューションを提供しています。今回のJ-BIGでは、ホリバ・ヨーロッパの浦部博行社長とエルギン・チャンシズ COOに、堀場製作所の歴史やドイツにおける事業展開、各地の自動車産業の変遷についてお話を伺いました。
――堀場製作所の歴史と、その変遷を教えてください。
浦部博行:堀場製作所の始まりは、第二次世界大戦直後の1945年10月の京都に遡ります。当時、創業者の堀場雅夫氏は原子核物理学を専攻する学生でしたが、米軍により「危険」とみなされる研究が禁止されたため、彼は研究を断念し、化学製品を中心とした会社、堀場無線研究所を設立しました。最初の製品は電気コンデンサでしたが、京都の高温多湿な気候で品質を維持するためにはpHメーターが必要でした。当時の日本には存在しなかったため、堀場氏は自ら試作品を作成しました。戦後の化学産業は景気回復を促すための政府による資金援助もあり、このpHメーターが大成功を収め、1950年には国産初のガラス電極式pHメーターを開発、1953年1月28日に株式会社堀場製作所として正式に設立されました。
堀場製作所はpHメーターの改良を続けると同時に、非分散赤外線吸収法(NDIR)ガス分析装置の開発にも取り組みました。この技術は、戦後の結核の流行時に医療分野で肺の検査に使用されていました。1960年代初頭、当社のエンジニアの一人がこの技術を自動車の排ガス検査に応用しました。当初は医療関連の技術を自動車産業に導入することに対して抵抗感がありましたが、社会に貢献するために新たな挑戦をするという企業精神に従い、医療用ガス分析装置の技術を活用して自動車排ガス測定器「MEXA」 を開発しました。米国環境保護庁(EPA)が自動車排ガス規制の強化を進める中、当社の機器は排ガス規制に導入され、自動車市場で国際的な成功を収めました。こうして、エンジン排ガス測定装置「MEXA」は排ガス検査の世界標準としての地位を確立しました。
――その後の御社の海外進出について教えてください。
浦部博行:1960年代、米国と欧州の自動車産業は日本よりもはるかに発展していました。当社は、日本の自動車産業が成長していた時期に、この2つの強力な市場に進出することができました。初めに排出ガス測定装置をアメリカに輸出し、主な顧客は米国EPAや大手自動車メーカーでした。1970年には米国本社を設立し、本格的な海外進出を開始しました。
――ドイツへの進出はどのような経緯ですか?
浦部博行:ドイツは自動車メーカーが多く、市場も非常に堅調でした。1972年にはドイツに進出し、フランクフルト近郊のシュタインバッハにホリバ・ヨーロッパ社を設立しました。これはヨーロッパ初の現地法人であり、米国に次いで2番目の海外事業でした。設立当初から約50名の従業員を抱え、主に販売拠点として機能し、日本から排出ガス測定装置などの製品を輸入し、欧州市場に販売していました。
――御社におけるお二人のキャリアについて教えてください。
浦部博行:大学卒業後、1986年にエンジニアとして堀場製作所の研究開発チームに入社しました。3年間ソフトウェア開発に携わった後、ソフトウェアエンジニアとして渡米する機会を得ました。その後、1992年から1999年までドイツでサービス担当をしました。携帯電話やナビゲーション・システムがまだなかった時代で、まさに冒険のような経験でした。1999年に日本に帰国し、研究開発技術部門から海外営業部門に異動しました。2014年に韓国に移り、ホリバ・コリアの社長として8年間を過ごした後、2022年にホリバ・ヨーロッパの取締役営業担当としてドイツに戻り、2023年11月からはホリバ・ヨーロッパの社長に就任しました。
エルギン・チャンシズ :私は2013年にメカトロニクス事業のオペレーション・ディレクターとしてホリバ・ヨーロッパに入社しました。当社ではモビリティ関連のさまざまなソリューションを製造しており、国内だけでなく韓国などグローバルに流通しています。そこで出会ったのが、当時韓国で働いていた浦部さんでした。2020年のコロナ禍に、ホリバ・ヨーロッパ社の取締役に任命され、浦部さんがドイツに来られてからは同僚としても意気投合し、頻繁に協力するようになりました。
――この50年間、ドイツでのビジネスはどのように発展してきましたか?
浦部博行:堀場製作所がドイツに進出したのは50年以上前ですが、以来、大きく成長してきました。当初は販売拠点としてスタートしましたが、専門的な機器を扱うため、ドイツでもエンジニアリングの専門性を高める必要がありました。そのため、開発チームやサービスチームの採用を強化しました。
エルギン・チャンシズ :2005年には大きな節目を迎えました。ダルムシュタットにある自動車試験装置メーカー、カール・シェンク社の自動車関連計測事業部門(DTS )を買収したことで、当社はメカトロニクスの専門知識を自動車分野に拡大することができました。この買収により、エンジンテストからパワートレイン開発までの全域をカバーするシステムプロバイダーになることが目標でした。車両開発と試験の分野で、全体的なソリューションのニーズが高まっていたからです。この需要に応えるため、テストベンチエンジニアリングとオートメーションシステムのソフトウェアスキルをポートフォリオに加えました。当社は、自動車OEM、Tier-1、およびTier-2ビジネスを含む幅広い顧客ベースにソリューションを提供しています。
――買収によって得られた試験設備ですが、排出ガス以外にどのような試験が可能になったのでしょうか?
エルギン・チャンシズ :買収により、ブレーキ、ギアボックス、アクスル、エンジン、風洞天秤などの試験システムを開発できるようになりました。そして、買収はこれだけにとどまりません。2018年には水素事業の強化のためFuelConを買収し、バッテリーや燃料電池の試験システムを追加しました。さらに、2019年には水質分析でTocaderoを、2021年にはパワーエレクトロニクス領域の電源装置メーカーBeXemaを買収しました。
――堀場製作所のドイツにおける事業拠点の発展について教えてください。
浦部博行:買収に伴い、さらに拠点を増やしてきました。現在、ドイツには主要拠点が6つあります。2003年にシュタインバッハから移転した本社は現在オーバーウーゼルにあります。他には、ダルムシュタット、シュトゥットガルト・ノイハウゼン、デュッセルドルフ近郊のライヒリンゲン、そしてマグデブルクに拠点があります。マグデブルクの工場には約300名の従業員が在籍しています。
――自動車業界が電気自動車によるゼロエミッションを目指す中で、排出ガスの測定の必要性は減少しています。こうした変化にはどう対応していますか?
浦部博行:自動車産業は当社のビジネスの大きな柱ですが、ポートフォリオは年々多様化しています。排出ガス事業が徐々に縮小する一方で、メカトロニクス事業は成長しています。また、電気自動車と燃料エンジン車にはブレーキやトランスミッション、安全システムなど多くの共通点があります。現在製造しているエレクトロモビリティに関連する試験システムの需要は今後も高いと確信しています。
エルギン・チャンシズ :当面、排出ガス測定の需要は続くと見ています。自動車業界がゼロ・エミッションを目指すプロセスを、当社の技術でサポートすることは依然として重要です。環境問題への意識が高まることで、試験・計測への需要も増加しています。開発が続く限り、試験は必要です。当社は主に研究開発をサポートしていますが、研究開発は未来のニーズに応えるためのものです。新しい技術の発展は新たなビジネスチャンスをもたらします。つまり、新しい技術とともに新しい企業が登場し、それに伴って潜在的な顧客が生まれるのです。中国の新しい自動車ブランドやメーカーの市場参入もその一例です。
――今後、ドイツで注力したいことはありますか?
浦部博行:今後数年間は「エネルギー・環境」「バイオ・ヘルスケア」「先端材料・半導体」の主に3つの事業分野に注力していきます。ドイツには環境事業において大きな市場があり、主に大気や水質に関する分析・測定機器を提供しています。顧客には政府機関や大規模な製造企業があり、これらの製品は工場や発電所でのガスや水質のモニタリングに使用されています。
また、半導体事業もドイツで大きく展開している分野です。半導体製造装置用の流体制御システムやデバイス検査システムを提供しており、精密なプロセス制御を可能にし、高性能半導体の安定生産に貢献しています。例えば、半導体の製造工程では、超純水や薬液濃度管理が必要であり、それを当社の装置で分析します。顧客には、半導体OEMや化学プラントが含まれます。
――本社から見たドイツ支店の役割と、会社全体にとってのドイツ市場の大きさを教えてください。
浦部博行:堀場製作所は世界28カ国に50のグループ会社を有しています。その中でもドイツ法人は早くから設立され、常にグループの中核を担ってきました。自動車産業が変化し、他の産業が成長している現在でも、ドイツ支店は本社から見て非常にバランスが取れています。半導体事業は成長していますし、環境事業やバイオ・ヘルスケア分野はドイツでも安定した市場です。
エルギン・チャンシズ: ドイツは、堀場製作所の国際事業において常に大きな役割を果たしてきました。ドイツ市場だけでなく、ホリバ・ヨーロッパとして多くの国で自動車ビジネスに貢献しています。当社は世界中で8,000名以上の従業員を雇用しています。ドイツには800名の従業員がおり、HORIBAグループは間違いなく大規模な事業体のひとつです。全世界における売上高は約20億ユーロです。
――日本本社との連携の仕方について教えてください。
浦部博行:ドイツ支店は歴史が長いので、日本本社との信頼関係も強固であり、法人として自由に意思決定ができます。年に2回、グループ各社のキーパーソンが一堂に会する大規模なグローバル・ミーティングがあり、そこでHORIBAグループの今後の戦略について話し合い、年間計画や具体的な目標を立てます。
エルギン・チャンシズ :初めは欧州でも日本の製品を販売していましたが、ドイツはもともと開発力が高いため、現在は現地のニーズに合わせた日本製品とドイツで製造した製品をミックスして販売し、他国にも輸出しています。
浦部博行:研究開発センターはドイツのダルムシュタットをはじめ、世界20カ所にあります。すべての拠点でそれぞれの製品が製造され、そこから輸出されます。製品の重複やポートフォリオの不足を避けるため、社内では緊密に連携し、情報共有を行っています。また、グローバルな製品企画グループがあり、市場動向や製品アイデアについて話し合い、特定の期間にどのような製品を開発するかを決定しています。
――日本の企業文化は、ドイツ支店でも浸透していますか?
エルギン・チャンシズ :私はこれまで国際的な環境で多くの経験を積んできましたが、ホリバ・ヨーロッパに入社した当初は日本の企業文化に戸惑いを覚えました。しかし、次第に慣れ、日本の価値観を吸収していく中で、多くのことに感謝するようになりました。
日本の企業文化の特徴は、大きく3つあります。まず、日本企業では物事の決定に非常に時間をかけて議論されることです。他のグローバル企業と比べて非常に慎重ですが、一度決定されると、強い意志を持って実行され、その後簡単に変更されることはありません。次に、従業員が長期間勤務する傾向が強く、雇用主も従業員に対して高い忠誠心を示しています。そして、日本企業は経営困難に直面しても、容易に従業員を解雇しない点です。他国では解雇が迅速な解決策とされることが多いですが、日本では最終手段として考えられています。この忠誠心が、当社と従業員を強く結びつけているのです。
浦部博行:日本とグローバルの両方の側面が企業文化に影響を与えていると感じます。HORIBAグループは各拠点の文化に適応する努力を常に続けています。例えば、日本では意思決定までに慎重な議論が行われ、準備に多くの時間を費やし、計画は厳密に守られます。一方、アメリカでは大胆な行動が多く、試行錯誤を繰り返す文化です。ドイツはこの2つの文化の中間に位置しているように感じます。それぞれの文化の長所を学びとして捉えています。
当社の非常に日本的な側面は、すべての段階で責任を持つという点です。日本での意思決定は多くの関係者によって慎重に検討され、会社全体がひとつの大きなチームのように感じられます。その結果、困難に直面した場合、ひとつのセクションだけが責められることはありません。
当社の社是である「おもしろおかしく」は創業者の堀場雅夫の実体験に基づいています。仕事には多くの時間を費やすため、楽しみながら働くことが重要です。楽しく働くことで、創造性が発揮され、挑戦する意欲が湧きます。彼のこの言葉は今でも心に残っています。堀場製作所は常にこのような職場を目指しています。
――御社は京都発祥ということですが、京都らしさはありますか。
浦部博行:京都の企業は何かに特化し、独自のブランドを築く傾向があります。当社も京都の企業として非常にユニークな存在を発揮しています。例えば、堀場製作所が非分散赤外ガス分析計の開発に着手した当時、ガス分析の分野ではガスクロマトグラフィーが主流でした。非分散形赤外線吸収方式(NDIR)を連続ガス分析法として応用するという先見の明は、革新的なソリューションであり、今日のHORIBAグループ実現の鍵となりました。現在、当社は吸引ガス分析、自動車排ガス分析、大気汚染モニタリングなどの様々なアプリケーションでNDIRを使用しています。
当社には、「ほんまもん」を追求するという企業文化があります。「ほんまもん」とは京都の言葉であり、偽物ではないということを示す「本物」であることを超えて、一流であり、人々の心に感動を与える最高レベルのものであるという意味が込められています。このコンセプトは当社の真の出発点であり、ユニークで本質的なものを創造するために存在する原点です。
エルギン・チャンシズ :当社の企業理念は経営トップだけのものではなく、従業員全員が「ほんまもん」の意味を自分なりに見つけられるようサポートしています。例えば、全員参加の企業理念についての勉強会を開催し、社内文化について話し合っています。みんなが楽しみながら貢献できる職場環境を作りたいからです。
また、1997年にスタートしたブラックジャックプロジェクトという社内改善プログラムもあります。これは全員が創造的であるためのボトムアップの考えに基づいた企画で、従業員が企業文化、営業、コミュニケーションなど様々な社内分野に関する改善案を提出できます。社員は週に数時間、プロジェクトに取り組む時間が与えられ、その提案はトップの前で発表されます。例えば、ダルムシュタット工場の電球をLEDに変え、より環境に優しくするというプロジェクトが採用されました。
――未来における最大の課題は何でしょうか?
エルギン・チャンシズ :自動車製造と排出ガス事業は、当社のDNAともいえる重要な分野です。ただし、自動車産業の電動化により、新たな挑戦に直面しています。この変革の時期において、次の機会を捉え、自動車産業向けの新しいソリューションを開発することを楽しみにしています。私たちは社会貢献のために製品ポートフォリオを常に更新し、よりクリーンな世界を目指すユニークなソリューションを提供し続けます。
浦部博行:私たちにとって最も重要な使命は、従業員、お客様、そして環境のために、より大きな利益を追求することです。HORIBAグループのソリューションを通じて、常に幸せを追求していきたいと考えています。