1964年創業の日本の茶業大手、株式会社伊藤園は、小さな包装茶の販売会社から、日本の緑茶飲料市場で37%のシェアを持つグローバル企業グループへと成長してきました。1984年には世界で初めて、すぐに飲める無糖の緑茶飲料を発売し、無糖茶という新たな市場の開拓に成功しました。 その歩みの中で、伊藤園は200件を超える特許を取得し、日本全国に170の拠点を持つルートセールスネットワークを築いてきました。また、茶農家への支援や使用済み茶葉の再利用といった取り組みが評価され、2016年には米誌『Fortune』の「Change the World List」にも選ばれています。さらに2024年3月には、ヨーロッパ初となる現地法人の運営を開始しました。ITO EN Europe GmbHのマネージングディレクターである鈴木彰斗氏は、J-BIGの取材の中で、同社が歩んできた革新の歴史、ハワイからニューヨーク、そしてドイツへと広がった海外展開、無糖茶をヨーロッパの消費者に受け入れてもらう難しさ、そしてその市場の変化はすでに始まっていると考える理由について語っています。
―― 伊藤園はドイツでは比較的新しい存在ですが、日本では長い歴史を持つ企業です。まずは御社の歩みについて教えてください。伊藤園はどのように始まったのでしょうか。
鈴木彰斗: 日本企業として見れば、私たちの歴史はそれほど長いわけではありません。日本には、私たちよりずっと前からある飲料メーカーやお茶の会社もたくさんあります。伊藤園の始まりは、創業者の本庄正則が1964年に個人で事業を始めたことにさかのぼります。そして2年後、お茶を専門に扱う会社を立ち上げました。当時、お茶はまだ専門店で量り売りされるのが一般的で、買うためにはわざわざその店まで足を運ぶ必要がありました。そうした中で、本庄正則が新会社で打ち出した画期的なアイデアは、茶葉を少量ずつ包装し、スーパーや食料品店でも手軽に買えるようにすることでした。1969年には、社名を伊藤園に変更しています。伊藤園の成長を大きく後押しした要因は、主に2つあります。ひとつは、1970年代に近代的な小売チェーンが急速に広がったことです。これにより、創業間もない伊藤園にとって、ブランドとしての基盤を築きやすい環境が整いました。もうひとつは、真空処理や二重包装によって茶葉の鮮度を保つ新しい技術を開発したことです。

―― 伊藤園がお茶の小分け販売を始めた後、どのような展開になったのでしょうか。
鈴木彰斗: 伊藤園は、日本におけるウーロン茶市場の拡大にも大きく貢献しました。1979年には、中国の国営企業と3年間の契約を結び、ウーロン茶の輸入を開始し、これをきっかけとしたウーロン茶ブームが日本に巻き起こりました。さらに1980年には、世界初となる缶入りウーロン茶飲料を開発しました。
この成功が、次の大きな節目につながります。それが、1984年開発の緑茶飲料です。原料や加工法、抽出方法を変えながら、実に67,200通りもの試作を重ねた末に、伊藤園は世界初の缶入り緑茶飲料の開発に成功しました。この商品は、1989年に「お~いお茶」という名称になりました。「お~いお茶」が画期的だったのは、無糖だったことです。甘い緑茶を作るのは難しくありません。砂糖や添加物で本来の風味を覆うことができるからです。しかし、緑茶は酸化に非常に弱く、自然な香りを保つのが難しい飲み物です。伊藤園が成し遂げたのは、本物の緑茶らしい風味をそのまま楽しめる、すぐに飲めるお茶を作り上げたことでした。これは非常に大きな革新でした。
その後の主な節目としては、1996年に特許を取得した「ナチュラルクリア製法」があります。これは、マイクロフィルターを使って緑茶の澱を取り除きながら、本来の香りや味わいを保ったまま、透明なPETボトルで販売できるようにした技術です。さらに2000年には、業界で初めて、温められるPETボトル入り緑茶を発売しました。これは、プラスチック容器が酸素を通しやすいという課題を克服し、冬場でも、温かいお茶を販売できるようにしたものです。
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―― 無糖の飲料茶を発売されたのは約40年前とのことですが、販売後すぐに人気が出たのでしょうか。それとも、受け入れられるまでには時間がかかったのでしょうか。
鈴木彰斗: ご想像のとおり、新しい市場を開拓するのは非常に大変なことです。当時の伊藤園は、飲料業界の中ではまだ比較的小さな存在でしたし、当然ながら、全く知られていない新しい商品に対する需要もほとんどありませんでした。そこで私たちは、ほかの飲料メーカーとも協力しながら、少しずつ需要を育てていきました。自社の技術や革新を共有しながら、市場そのものを広げていったのです。1980年代の時点では、まだ市場規模はそれほど大きくありませんでした。しかし今では、日本の無糖緑茶市場はおよそ35億ドル規模にまで成長しています。
―― 伊藤園では、当初は甘いお茶を作ろうとしたこともあったのでしょうか。
鈴木彰斗: おそらくなかったと思います。伊藤園は最初から一貫して無糖茶に力を入れてきました。日本人は無糖の飲み物を好む傾向があります。日本で特に売れている飲料は、1番が水のブランド、2番、3番にコーヒーブランド、4番目に私たちの緑茶飲料「お〜いお茶」が入っています。コカ・コーラは5番目です。ほかの国では、コカ・コーラのほうがもっと売れており、国によっては最も売れている飲料であることも珍しくありません。ただ、日本の市場は少し特徴が違うのです。

―― 現在の伊藤園の規模と、商品ラインナップについて教えてください。
鈴木彰斗: 伊藤園グループの直近の会計年度における連結売上高は、31億ドルです。グループ会社は世界で44社あり、そのうち13社は日本国外にあります。従業員数は全世界で約8,000人です。
売上構成を見ると、日本国内の売上の90%は飲料事業、残りの10%は茶葉関連商品です。茶葉関連商品には、ティーバッグ、抹茶、インスタントの緑茶粉末などが含まれます。飲料事業の内訳は、70%が緑茶飲料で、残りの30%は麦茶、水、そして野菜ジュースや果汁飲料などのその他の飲料です。また、日本におけるTULLY’S COFFEEのライセンス契約を保有しているほか、エビアンの日本国内独占販売のために伊藤忠商事と合弁会社も設立しています。さらに、いくつかのカフェチェーンやヨーグルト会社も展開しています。ただ、それでも事業の中核にあるのは、やはりお茶です。
―― 伊藤園は、大手競合他社がいる中で、どのようにして現在の地位を維持しているのでしょうか。
鈴木彰斗: 主力ブランドである「お~いお茶」は、昨年の時点で市場シェア37%を占める、最も人気のある緑茶飲料です。ここ数年で市場は大きく拡大してきたため、他の飲料メーカーが類似商品を出してくるのも自然な流れです。コカ・コーラには「綾鷹」という競合商品があり、これが私たちにとって最も強い競合です。そのほか、サントリー、キリン、アサヒも常に市場シェアの獲得を狙っています。
そうした中で、私たちの強みになっているのが、日本全国170拠点に広がるルートセールスネットワークです。競合各社と比べると、伊藤園は広告費を抑える一方で、営業人員への投資をより重視しています。ルートセールス部門には約4,000人の正社員が在籍しており、日本各地で商品の提案・配送・商談を行っています。オフィス、店舗、公園、観光地、建設現場、学校、介護施設、病院など、自動販売機や売り場が設置されている場所ごとの特性や利用者層を踏まえて、最適な商品構成を提案しています。また、流通業者や顧客とも常に密に連携し、新たな需要や市場の変化を把握しています。こうしてルートセールスを通じて集めた情報は、新商品の企画提案にも生かされています。
さらに私たちが重視しているのは、品質管理と研究開発です。これらの分野は私たちの得意分野です。先ほども触れたように、緑茶は非常に繊細で、酸化しやすいため、本来の風味を保つのが簡単ではありません。そのため、包装や充填の工程で酸素をできる限り取り除くことが極めて重要になります。伊藤園は、飲料茶の製造工程全体に関わる200件以上の特許を保有しており、それによって高品質な製品を提供することができます。こうした強みを支えているのは、やはり長年にわたってお茶と向き合ってきた経験です。多くの競合企業は、もともとビールや酒類の会社です。しかし私たちは、創業以来ずっとお茶の会社なのです。

―― 緑茶には、今後どのような技術革新の可能性が見込まれますか。伊藤園にとって研究開発とは何を意味しますか。
鈴木彰斗: 私たちの研究開発には、大きく3つの柱があります。ひとつはおいしさ、ひとつは健康、そしてもうひとつは環境です。つまり、製品としておいしく、できるだけ長くその味わいを保てること、健康に役立つこと、そして環境に配慮した容器や廃棄物削減・リサイクルの新技術を開発すること、この3つを重視しています。
その成果は、はっきりと形になっています。私たちは、緑茶や抹茶の健康効果に関する研究成果を発表してきました。たとえば、お茶に含まれるポリフェノールの一種であるカテキンには、体脂肪を減らすなど、さまざまな健康効果があるといったことです。こうした知見は、「濃い緑茶」のような商品にも活用されており、パッケージでも健康面での特長を示しています。環境面の研究開発、取り組みとして、2000年から「茶殻リサイクルシステム」を運用しています。これは、飲料の製造過程で出る使用済み茶葉を、脱水せずに肥料、飼料、紙製品、建材、樹脂などに再利用する仕組みです。脱水工程を省くことで、石油資源の節約やCO2排出量の削減にもつながっています。この取り組みは、2016年に『Fortune』誌の「Change the World List」にも選ばれました。
―― 伊藤園が最初に海外市場へ進出したのはいつ頃で、そしてその後どのように展開していったのでしょうか。
鈴木彰斗: 最初の海外市場はアジアではなく、ハワイでした。伊藤園は1987年にITO EN Hawaiiを設立し、現地で生産と販売展開を始めました。ハワイは日本人にとって観光地としても移住先としても人気が高く、文化的にも日本に近い場所だったからです。その後、オーストラリアで事業を始め、1994年には中国で合弁事業も立ち上げました。ただ、海外事業における最も大きな転機となったのは、2001年にニューヨークでITO EN North Americaを設立したことです。北米には健康志向の食品・飲料市場が広がる可能性があると見て、海外展開を本格的に加速させることにしました。
―― 2001年以降、アメリカでの伊藤園の事業はどのように発展したのでしょうか。
鈴木彰斗: ゼロから事業を立ち上げるのは、やはり簡単ではなく、立ち上げ当初は本社が期待していたほどには売上が伸びませんでした。ITO EN North Americaでは、アメリカ市場に合わせて砂糖や香料を加えたお茶の商品も展開しました。ですが実際には、長年にわたって広告やマーケティングに注力してきた結果もあって、今ではアメリカでも、無糖の緑茶飲料「お~いお茶」が一番売れている商品になっています。
―― 伊藤園がヨーロッパ市場に目を向け始めたのはいつ頃で、ヨーロッパ拠点の設立はどのように決まったのでしょうか。
鈴木彰斗: ITO EN Europe自体は設立が2024年3月と、まだ非常に新しいです。ただ実際には、その前の2018年から、ドイツのパートナー企業を通じてドイツ市場での販売を始めていました。その会社が、アジア系の販路に向けて当社のPETボトル飲料を販売していたのです。この数年で需要は着実に伸び、市場での手応えを感じられたのは非常に喜ばしいことでした。
転機となったのは、2023年にケルンで開催された見本市、Anugaです。当時、私は日本を拠点にヨーロッパ向けの営業を担当しており、この見本市にも参加しました。ブースを出展したところ、緑茶や抹茶に関する問い合わせが非常に多く寄せられました。私たちにとってもこの反応は予想以上で、当社の商品にはもっと大きな市場があるはずだと判断しました。そこからヨーロッパ拠点を開設することを決めたのです。当初、ITO EN North Americaは、アメリカ市場向けに開発した「TEAS’ TEA」を通じて、無糖茶飲料の市場を築こうとしました。フレーバーも多彩で、チョコレートやバニラなどの種類もありました。無糖茶は当時、まだ広く受け入れられておらず、健康飲料としての独立したジャンルとしては、まだ認知されていませんでした。当時の先輩社員たちは市場の開拓にかなり苦労したと聞いています。しかし、その後、健康やヘルシーな食生活が主流になっていく中で、海外の消費者にも私たちの商品が受け入れられるようになってきました。ちょうどその頃、アメリカでは日本食文化が広がり、寿司の人気も高まっていましたし、ファストフードや甘い飲料に対する批判的な報道も多く見られるようになっていました。

―― すでに販売代理店を通じて順調に売れていたとのことですが、それでもヨーロッパに現地法人を設立したのはどのような理由からだったのでしょうか。
鈴木彰斗: その理由は、新しいEU規制にあります。2024年7月以降、ボトルキャップは容器本体に固定された状態でなければならなくなりました。そのため、日本から従来の商品をそのまま輸出することが難しくなったのです。加えて、ボトル本体に固定されたヒンジキャップ付きのPETボトルを製造できる委託先を見つけるのにも苦労しました。
幸い、ドイツのニーダーザクセン州で、ヒンジキャップ付きのテトラパック容器による無糖緑茶を製造できる会社が見つかりました。そこで2024年3月に生産を開始し、それと同時にデュッセルドルフのオフィスも立ち上げたのです。伊藤園は日本でもテトラパックを使ったことがあったので、この容器形式についてはある程度の知見がありました。

―― テトラパック形式に切り替えて2年になりますが、現在の評価はいかがですか。市場の反応はどうでしょうか。
鈴木彰斗: はい、今のところ満足しています。懸念点は2つありました。ひとつは、パッケージそのものの印象です。テトラパックというと、甘いジュースや果汁飲料、あるいは乳製品を思い浮かべる人が多いからです。もうひとつは小売価格でした。ただ、実際の販売状況を見ると、消費者はパッケージも味も受け入れてくれていることが分かります。売上は伸びており、昨年と比べてもほぼ2倍になっています。
―― 現在、ヨーロッパではどのような戦略を取っているのでしょうか。
鈴木彰斗: これまでは主にアジア系の販路に注力してきました。アジア系スーパーを利用するお客様は、もともとアジアや日本の食品・飲料に関心があるので、多くの方がすでに当社の商品をご存じだからです。もちろん、たまたまアジア系スーパーを訪れて当社の商品を見つけ、そこで初めて手に取ってくださる方もいます。
それと並行して、DoKomiやAnimagiCのようなイベントにもブースを出してきました。こうしたイベントの来場者も日本文化に関心を持っているためです。会場では当社の飲料を実際に販売していました。また、すでに一部のRewe店舗でも、特にティーバッグ商品を扱っていただいています
―― 市場拡大という意味では、次の一手をどのように考えていますか。
鈴木彰斗: ドイツの大手スーパーに入り込むのは簡単ではありませんし、時間もかかると分かっています。その上で、今後はアジア系販路の以外にもマーケティングを広げ、次のターゲットとして本格的に健康・ウェルネス分野への参入を考えています。抹茶や緑茶はすでに健康によいものとして認識されており、これは私たちにとって大きな追い風となっています。ヨーロッパ市場ではまだ新しく、珍しい商品ではありますが、手軽さと健康志向の両方を求める多くのお客様に受け入れてもらえるのではないかと期待しています。
市場の流れが、加糖飲料から無糖飲料へと移りつつあるのは明らかです。実際、アメリカやアジアの各国でも、私たちは同じような変化を見てきました。私の見る限り、ドイツの消費者は健康意識が非常に高いです。ですから、大手スーパーはもちろん、とりわけオーガニック系のスーパーにも、当社の商品を取り扱っていただける可能性は十分あると考えています。
―― ドイツでは、売上構成も日本と同じように、飲料が中心になっているのでしょうか。
鈴木彰斗: 実は、日本とは逆の傾向が見られ、その点はとても興味深いと感じています。いま抹茶の人気が非常に高まっており、ヨーロッパでの売上構成を見ると、現時点では飲料よりも抹茶パウダーのほうが大きな比率を占めています。また、ここ数年大きなトレンドになっている抹茶ラテ向けに、コーヒーチェーンにも抹茶を提供しています。

―― 現在、ITO EN Europeは6人のチームとのことですが、日本本社とはどのように連携しているのでしょうか。
鈴木彰斗: ITO EN Europeがチームの一員だとすれば、東京の本社はヘッドコーチのような存在です。私たちはヨーロッパ市場を担当しているので、現地の状況に合わせて自ら考え、行動しています。本社は基本となる方向性を示しますが、それ以外についてはかなり自由に任せてもらっています。ただ、その一方で、「お~いお茶」はすでに世界的に確立されたブランドであり、お客様の期待も高い商品です。ですから本社は、グローバル全体のブランドを管理しつつ、各現地法人と連携しながら、その強さと一貫性を保っています。

―― 今後数年で、ヨーロッパ向けの商品ラインナップはどのようになっていくのでしょうか。
鈴木彰斗: 今年は、現在のラインナップに新商品を加える予定です。現在ヨーロッパでは、ドイツで現地生産しているテトラパック入りの「お~いお茶」に加え、日本で製造し、ITO EN Europeを通じて販売しているティーバッグ商品、抹茶パウダーのシリーズ、そして抹茶ラテ商品を展開しています。特に抹茶ラテは今、とても人気があります。健康志向を前面に出した商品とは言い切れないかもしれませんが、市場に浸透していくためのよい入口にはなっています。そこを足がかりに、今後さらに展開を広げていきたいと考えています。
―― 今後5年を見据えたとき、ドイツやヨーロッパにおける伊藤園の目標はどこにあるのでしょうか。
鈴木彰斗: もちろん、これから先には多くの課題がありますし、ヨーロッパでは無糖の飲料茶はまだまだ珍しい存在です。しかしその一方で、大きな可能性もあります。健康的な食品や飲料の市場は拡大していますし、とりわけコロナ以降、人々の健康や食生活への意識はますます高まっています。
私たちは非常に良い商品を持っていますが、今後はまず、その魅力をより多くの人に知ってもらう必要があります。そうすることで、この変化の流れの一端を担い、ヨーロッパでも無糖茶を通じて、より健康的な飲料市場づくりに貢献していけると考えています。




